『まごころ』のマリー
『まごころ』回転遊具に乗るマリーとプチ・ポール
マリーとジャンの逢引のハートマーク
『まごころ』
先述のように、パテ社に十年契約で入社したエプスタンは入社の年に四本の映画を撮る。『赤い宿屋』はバルザック原作の、ある殺人を巡る物語、『ベル・ニヴェルネーズ号』はアルフォンス・ドーデ原作(『川船物語』として翻訳がある)の、川船で生活する少年少女の恋物語。『まごころ』Cœur fidèle(仏と英でDVD化)はオリジナルだが、エプスタンはこのシナリオを一晩で書いたと言い、しかも大衆的メロドラマのあらゆる常套を意識的に使ったとしている。実際、物語は極めて簡素な三角関係。港町の酒場で働かされている孤児のマリーは、ジャンという好きな男がいるが、酒場の主人夫婦によってプチ・ポールという粗暴な小男と結婚させられようとする。ジャンはプチ・ポールと対決、怪我をさせ、入獄。一年後、マリーには子供がいたが、プチ・ポールは病気の赤ん坊の薬代まで持ち出して呑む。出獄したジャンは、無料施療院に赤ん坊を連れて来たマリーを見かけ、アパートまで後をつけ再会を果たし、薬代を出してやる。アパートの隣人の足の悪い少女が薬を買いに出ると、プチ・ポールに見つかってしまい、金をとられる。その金で泥酔したプチ・ポールがアパートに帰り、ジャンとマリーを発見する。乱闘になり、プチ・ポールの持っていた拳銃が落ち、それを拾った隣人の少女がプチ・ポールを撃つ。
酒場の壁に何故かForeverの文字が書かれていたり、ジャンとマリーが港で会う時に、護岸壁に白墨でハートマークを書いて合図にしたり、これらも恋愛の紋切型をあえて使っているのだろうが、その乾いた記号化が却って印象に残る。この映画の白眉は、マリーとプチ・ポールが結婚し、村の縁日に行く場面だろう。特に空中遊覧の乗り物に乗り、花吹雪を撒く場面では、カメラが遊具に乗って回転し(カメラ自体の運動)、さらに外景を捉えるショットと二人を捉えるショット(嬉しそうなプチ・ポールと無表情なマリー)が素早いモンタージュで重ねられ(モンタージュによる運動)、二重の運動が眩暈をもたらす。しかしあえて言えば、ここでのモンタージュは外景か二人の顔の交代でしかなく、いささか単調で、多重な視点からのショットを重ねたガンスからも後退しているように見える。ジャンとプチ・ポールが格闘する場面でも、握った拳やナイフのクロース・アップが畳みかけられているにしても、上記フォトジェニー理論におけるような、それが何か違ったものに見えてくる詩情も実は感じられない。以後の作品で多用されるようになってゆくオーヴァーラップも、スチール写真で見ている分には印象的だが、あまり意味のある使用には見えない(ただしこれは以後洗練されて表現力を増してゆく)。
映画のラスト、マリーとジャンは結ばれ、二人はあの同じ空中遊覧の乗り物に乗る。しかしプチ・ポールの時と違ってマリーは嬉しそうな顔をしており、逆にジャンは放心状態のように見える。メロドラマの紋切型としてはハッピー・エンドの筈なのだが、どうもそうは見えない。プチ・ポールとマリー、マリーとジャン、三つの駒が交代しただけのような印象。最後にマリーとジャンの顔がカレイドスコープの中で歪み、分割され、そこにForeverの文字がオーヴァーラップで重なるのも、一応はめでたしめでたしの意味なのだろうが、どこか不安な後味を残す。