ジャン・エプスタンと言えば、前衛映画『アッシャー家の崩壊』の監督、フォトジェニーという用語で映画の特性について思考した理論家として知られているくらいで、その全体像についてはほとんど理解されてこなかったと言えるだろう。実際、作品としては『アッシャー家』が特殊上映で見ることができたのと、『三面鏡』がアメリカで発売された実験映画を収めたDVDシリーズに入っているので見られる程度、その実作を見る機会は絶えてなかった。まして彼の著作は70年代半ばに二冊本で出版されて以来絶版で、有名なフォトジェニー理論については、映画理論入門書などに採録された論文や引用されている断片によってしか触れようがなかったのである。しかしこの2014年にその状況が大きく変化した。三月にフランスのポチョムキン・フィルムからエプスタンの作品十四本(総計15時間45分)を収めたDVD-BOXが発売、四月から五月にかけ、シネマテークで回顧上映が開催され(DVDに収められていない作品をさらに多数含む)、全著作集が全九巻で発売が決定し(2014年十月現在二冊が出ている。英語圏ではこれに先立ち、アムステルダム大学出版から映画理論アンソロジーが2012年に出ており、『機械の知性』の英語訳も2014年二月に出た)、伝記本も三月に出版された。何故ここにきて急にエプスタンの復権が起こっているのかはよく分からないのだが、ともあれ筆者が今回エプスタンを取り上げるのは、海外版DVDを見てみるという枠組みの中で、エプスタンの作品がまとまって出たようだから、伝説の映画作家の作品世界がどんなものなのか見てみようという程度の好奇心からに過ぎない。実際作品を見始め、エプスタンについて知るようになると、彼について抱いていたイメージがいかに偏ったものだったかが分かってきた。彼の作品世界は実験映画ばかりではない、当時として大バジェットの娯楽作品も多々撮っているし、作家としての後期にはブルターニュ地方でドキュメンタリー、フィクションを多々撮っていて、あるいは彼の映画作家としての真骨頂はこちらにあるのかもしれないのである。今回取り上げる作品はDVD-BOXの作品プラス単品で出ている『まごころ』のみであり、これまでの現状からすれば相当数ではあるとは言え、それでも彼の作品群の一部に過ぎないし、かつ、エプスタンの重要な活躍分野である映画理論についてはある程度の参照のみにとどまる。作品、映画理論の両分野について、さらなるアップデートがされることを期待しつつ、今回はその橋頭堡と思って読んでもらえればと思う。