映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第32回 アンドレ・プレヴィンのジャズ体験   その7 幻の映画音楽『ポーギーとベス』
バルトークとジャズ
それで問題はバルトークとライナーの音楽的な関係にある。バルトークとはどういう作曲家であったかを思い出しておきたい。バルトークの現代的な作曲「語法」の根底にあるのは、エジソン発明による初期的録音機を駆使したヨーロッパ全域の民俗音楽の採集から得られた知見にある。その採譜と分析によって彼は単に東欧の一地方的な音楽表現に留まらず、世界的な規模での民俗音楽の構成要素を西洋音楽的な語法から語り得るようになった。これはいわば「現代音楽による民俗音楽の再発見」と呼んでいい。あるいは「民俗音楽による現代音楽の発見」と言うべきかも知れないが、要するにこの音楽的運動はアメリカにおけるジャズの創造と同調するものだということだ。
ジャズとはアフリカから中南米を経てニューオリンズ周辺に上陸したダンス音楽(リズムと旋律の特徴的な非西洋音階性)を西洋楽器とその記譜システムによって改めて演奏するところから発展したものだった。そしてその流れの最先端、というかその時点での突端に位置したのが黒人音楽に魅了されるユダヤ系白人ジョージ・ガーシュインだったことになる。フリッツ・ライナーがガーシュインの音楽をコンサート用に編曲するようラッセル・ベネットに委嘱するとは、現代音楽史的な観点からはバルトークの新作を世に送り出すことと何ら質的には変らない行動だったのである。

さてオペラ「ポーギーとベス」に基づく再編された組曲はもう一つある。そちらのタイトルは「キャット・フィッシュ・ロウ」“Cat Fish Row”。36年つまり初演の翌年にガーシュイン自身が構成したもので全五楽章から成り、ちゃんと切れめあり、より古典的な感覚のものとなっている。これもプレヴィンは取り上げており、アルバム「ガーシュウィン、作品集」(アルバムがオムニバスのため英語題は長いので略)(ユニバーサルミュージッククラシック)に収められている。先の「交響的絵画」はロンドン響の演奏、こちら「キャット・フィッシュ・ロウ」はシカゴ響の演奏による。なおこのアルバムは「ガーシュウィン・ソングブック」“Gershwin Song Book”と題して、プレヴィンのピアノとデヴィッド・フィンクのベースをフィーチャーした歌曲デュエットもたっぷり。こちらもジャズテイストが効いていて聴きものである。実は今回で「アンドレ・プレヴィン篇」を終わらせるつもりだったのだがサントラ盤『地下街の住人』等、重要な盤の紹介に進めなかったのでもう一回プレヴィンに関して語りたい。