『ギミー・シェルター』
メイズルズ兄弟は、20世紀を代表する二つのロック・グループのドキュメンタリーも撮っている。ビートルズの『ザ・ビートルズ ファーストU.S.ヴィジット』(64)と、ローリング・ストーンズの『ギミー・シェルター』(70)である。前者は題名通り、初めてアメリカを訪れたビートルズを追い、エド・サリヴァン・ショー出演の模様などを収めたもので、ドキュメンタリーでナレーションを排した最初の作品だという。確かに貴重な映像ではあり、ドキュメンタリーの歴史上重要な作品ではあるのだろうが、それ以上に興味深いのが『ギミー・シェルター』である。これは冒頭で少し触れたとおり、ストーンズのオルタモンテ・スピードウェイで開催されたフリー・コンサートの騒動を収めたものだ。冒頭、スタジオにストーンズのメンバーが入ってきて、モニターでフィルムを観る所から始まり、ストーンズの出番の前半部、地元の市長たちとストーンズのマネージャーの交渉、ボランティアたちの準備の模様、聴衆の中のヘンな人たちの素描などが、時間軸を無視してモンタージュされてゆく。バイクを連ねた男たちが現れる辺りから映画は時間軸に大体沿ってコンサートの模様を追ってゆくことになるのだが、ジェファーソン・エアプレーンがステージに立つ頃から様子が少しおかしくなってゆく。ステージ前で衝突が起こり、革ジャンの連中が棒きれを持って聴衆に殴りかかり、メンバーが演奏を止め、ヴォーカルのグレース・クリックが「落ち着いて、落ち着いて」と諭すような事態が生じる。革ジャンの背中に「ヘルズ・エンジェルズ」の文字と支部名が見える。
いよいよストーンズの出番の後半場面が来る。ステージ上に上がってこようとする連中を排除するヘルズ・エンジェルズの面々。ヘルズ・エンジェルズの連中は、端っことは言え、既にステージ上に陣取っており、彼らと聴衆の間の小競り合いで演奏は度々中断を余儀なくされ、ミック・ジャガーがマイクを通して皆を落ち着かせようとする。と、何か急に群衆の中に動きがあり、そちらをカメラも見るが、何が何やらよく分からない。するとキュキュと映像が逆回転し、これがムヴィオラのモニター映像であり、それをミックが見ているところだと分かる。画面の中では、緑色の服を着た黒人らしき男が、革ジャンの男に襲われているようだ。しかしもっと戻すと、黒人男も手に銃らしきものを持っている。しばらく進めると、革ジャンの男の手に白く長い光るものがあり、ナイフだと分かる。銃を持った黒人が、銃をストーンズの方に向けたので、ヘルズ・エンジェルズの一人が、ナイフで彼を刺したのだと、ようやくここにきて判明するのである。しかし映画自体は、それを見届けて去るミックの顔のストップ・モーションと、これから始まるコンサートのために続々とやってくる人々の群れのモンタージュで終わってしまう。
この映画には、無論ナレーションはないし、この出来事を、メンバーがどう思ったのか、作り手たちがどう受け取ったのか、コメントも一切ない。冒頭で事件を告げるラジオのニュースが流れているので、事件の概要はそれで分かってはいるのだが、しかし、なぜヘルズ・エンジェルズがこんなにも大きな顔をして、ステージ上にまで上がってくるのか見ていてよく分からず、主催者が警備を彼らに依頼したらしいことが後で調べて分かってなるほどとは思うものの、映画を見ている時に感じるのは不安と居心地の悪さでしかない。この不安と居心地悪さこそ、秩序立てられていない生な現実の感触である。
他にも例えばこのような場面。ステージ上に彼らが陣取って、仁王立ちになっている。カメラは一応ミックを捉えてはいるものの、ミック越しにヘルズ・エンジェルズの方にフォーカスが合ってしまっている。カメラ自身の関心は、最早ストーンズそのものであるよりも、何かしでかしそうなヘルズ・エンジェルズの方にあるのだ。カメラはここで、冷静で、客観的であることを失って、自身が見たいものを見ている。カメラが事態に「engage」しているのだ。
メイズルズ兄弟は、著名人を撮ることが多いので、彼らを利用、搾取している、という批判もないことはないようなのだが、しかし、誰もが知っていると思っている人々を対象とするからこそ、メイズルズ兄弟の手法が有効に生きるという事もあるだろう。既知の対象、観る者の知識の秩序の中に既に収まってしまっている対象を、メイズルズ兄弟は、混沌の中につき戻す。ただし、メイズルズ兄弟が著名人を撮った作品で筆者がまだ観ていないものはまだまだあり、それらを見てみた場合に印象が変わってくる場合もあるかもしれない。それはこれからの課題としたいが、しかしそれでも、メイズルズ兄弟の映画の凄みが、現実とのダイレクトな関わりにあることは間違いないと思う。
メイズルズ兄弟の『ザ・ビートルズ ファーストU.S.ヴィジット』はEMIミュージック・ジャパンから、『ザ・ローロング・ストーンズ / ギミー・シェルター』はワーナー・ホーム・ビデオから日本版が発売されている。また、『Salesman』、『Grey Gardens』、『The Beales of Grey Gardens』はアメリカ、CriterionからDVDが出ている。それぞれアルバート・メイズルズのオーディオ・コメンタリーがついている。リージョンは1。