マルセル・オフュルス
DVD『ホテル・テルミニュス 戦犯クラウス・バルビーの生涯』
DVD『悲しみと哀れみ』(フランス版)
DVD『悲しみと哀れみ』(アメリカ版)
DVD『悲しみと哀れみ』(イギリス版)
今月からこのサイトでコラムを持たせて頂けることになった。海外の映画、とりわけ海外版DVDのレビューが中心となると思うが、それに限らないかもしれない。今回は2010年10月にアメリカでマルセル・オフュルスの代表作の一つ『ホテル・テルミニュス 戦犯クラウス・バルビーの生涯』Hotel Terminus : The life and times of KLAUS BARBIE(88)のDVDが出たので、それを期に、既にフランス、アメリカ、イギリスでDVD化されているオフュルスのもう一つの代表作『悲しみと哀れみ』Le Chagrin et la pitié(69)と合わせてマルセル・オフュルスを取り上げる。後者は日本未公開、前者もTV東京で(おそらく相当カットされた上で)一度放映されたきりである。オフュルスの作品は長大であることで名高く、『悲しみと哀れみ』は四時間十分、『ホテル・テルミニュス』は四時間半。二つ見たら総計九時間近く。内容が内容だけに、時間を忘れる、というほどではないが、どちらも見てゆくと引き込まれる作品であることは間違いない。
「私には劣等感はない。私は劣等なのだから」
マルセル・オフュルスはご存知の通り、ドイツ生まれ、ユダヤ人の映画監督マックス・オフュルスの息子(1921年生まれ)。ナチスドイツが政権を取った33年にドイツを離れたが、その時に映画館では父の『恋愛三昧』(33)が公開中だった(その年、ユダヤ人が関係する映画は公開禁止となり、この映画も監督を含むユダヤ人スタッフ、キャストの名は未クレジットのまま公開されていた)。しかしフランスも40年にドイツに占領されたため、一家はフランスからさらにアメリカに亡命し、マルセルはアメリカで高校、大学を出た。戦後マルセルは、フランスで映画修行、ジョン・ヒューストンの『赤い風車』(52)の助監督、父の最後の作品となったフランス映画『歴史は夜作られる』(55)のサード助監督などにつく。父マックスは57年に死去するが、その葬儀の際にフランソワ・トリュフォーと知り合い、トリュフォーの誘いで短編オムニバス『二十歳の恋』(62)の一編「ミュンヘン篇」(他の監督に、アンジェイ・ワイダ、レンツォ・ロッセリーニ、石原慎太郎)を、また同じく彼の援助でコメディ『バナナの皮』(63)を撮る。その後もエディ・コンスタンティーヌ主演のスリラー『お賭け下さい、ご婦人がた』Faites vos jeux, mesdames(65)など劇映画を撮るが今一つ注目を集めるには至らなかった。
このうち『バナナの皮』も見てみたが、父を騙して破産させた二人の男を騙し返す女性にジャンヌ・モロー、その元夫で協力者にジャン=ポール・ベルモンド、彼らに協力する振りで騙そうとする男にクロード・ブラッスール、脚本にクロード・ソーテやダニエル・ブーランジェら、カメラがシャブロルの盟友ジャン・ラビエというなかなかの布陣、それなりに見られる作品ではあるものの、それ以上ではない。マルセルは、ドキュメンタリー映画作家として著名になってはいるが、昔から現在まで、ハリウッド流のミュージカルを撮るのが夢だそうだ。
マルセル自身は、自分が映画界に入れたのは父マックスのおかげで、七光であることを自覚してこう述べている。「私は天才の陰の下に生まれた。そのおかげで虚栄心を持たずに済んだ。私は父への劣等感を持ってはいない。私は劣等なのだ」(イギリス、ガーディアン紙2004年5月24日)。少なくとも、劇映画に関する限りは確かにそうなのかもしれない。