メディアミックスとマルチユース
『警視庁物語』シリーズは続々と映画が製作される一方で、長谷川公之によって、同時期に小説化(ノヴェラリゼイション)もされた。春陽堂書店や小説刊行社から数えただけでも8冊の、映画と同じタイトルの小説が出版されている。名義は長谷川公之だが、実際は長谷川が書いたシナリオを基に、長谷川の監修の下でゴーストライターが書き下ろしたもの。まさにメディアミックスの先駆けといえる。
『東京アンタッチャブル』ポスター
映画版『事件記者』ポスター
『七人の刑事』
映画版『特別機動捜査隊』ポスター
映画会社各社の反応とその後継シリーズや模倣シリーズについても書いておきたい。東映は企画・斉藤安代、脚本・長谷川公之、監督・村山新治、関川秀雄、飯塚増一という、『警視庁物語』シリーズと同じ顔ぶれで、『東京アンタッチャブル』シリーズ全3作(1962~1964年)をスタートさせる。だがノースターだった『警視庁物語』シリーズに対して、こちらは高倉健、丹波哲郎、三國連太郎、三田佳子など、スターシステムの映画になっており、アクションに比重を置いた作品になっていた。それに先立つ『特ダネ三十時間』シリーズ全10作(1959~1961年)は、テレビの“ブン屋もの”の人気を引き継いだ作品で、村山新治や若林栄二郎が監督に参加している。
また他社も添え物としての『警視庁物語』シリーズに注目し、次々と亜流の“刑事もの”“ブン屋もの”の添え物作品を製作し、シリーズ化した。日活はテレビドラマの好評を引き継ぐ形で『事件記者』全10作(1959~1962年、すべて山崎徳次郎監督)、次いで東京映画で『新・事件記者』シリーズ2作(1966年、すべて井上和男監督)を製作。さらに『刑事物語』シリーズ全10作(1960~1961年、すべて小杉勇監督)、続いて『機動捜査班』シリーズ全14作(1961~1963年、すべて小杉勇監督)を製作し、松竹も長谷川公之を引き込んでテレビドラマの映画版『七人の刑事』シリーズ全2作(1963年)をスタートさせる。本家の東映でも映画版『特別機動捜査隊』シリーズ全2作(1963年)が始まる――といったように、スクリーン上では刑事ドラマや新聞記者ものが大流行するようになる。だがほとんどは『警視庁物語』シリーズのように、ノースターのセミドキュ映画で、事件の背後にある貧困や人間の哀しさを摘出した作品はなく、単なる勧善懲悪の活劇ドラマにすぎなかった。
ところで、少し前後するが、テレビでは、最初の刑事ドラマNTV『ダイヤル110番』(1957~1964年)に続き、NHKが“ブン屋もの”のハシリ『事件記者』(1958~1966年)を放映し、大好評を得たのを皮切りにして、本格的な刑事ものとしてTBS『刑事物語』(1960~1961年)が放送を開始する。これは映画『警視庁物語』シリーズのレギュラー・メンバーだった堀雄二がTBSに企画を持ち込んで成立した作品で、メイン脚本家は長谷川公之が担当した。出演は堀雄二、佐藤英夫、園井啓介、芦田伸介。演出は蟻川茂男。そしてこの布陣はそのまま後続のTBS『七人の刑事』(1961~1969年)に受け継がれる。これは『刑事物語』の30分枠から1時間枠に拡大してNHK『事件記者』を参考にして立て直すというところから企画されたといわれている。刑事役に新たにテレビの連続ドラマ初出演となる菅原謙二が参加。これは犯罪を社会を映す鏡としてとらえた点で、映画版『警視庁物語』の精神をよく汲み取った作品として、現在も名作の誉れが高い。日本を代表するテレビ・ディレクターの今野勉はこの作品で注目された。
一方、映画からテレビに活躍の場を移した斎藤安代は、東映刑事ドラマの第1作としてMBS『捜査本部』(1959年)という連続ドラマを企画する。主な脚本家は長谷川公之。出演は波島進、香山光子、北川惠一。さらにこの刑事ドラマは『特別機動捜査隊』(1961~1977年)へと発展する。犯罪の陰にある人間ドラマが持ち味の渋めの『七人の刑事』に対して、こちらは派手なアクションやドンパチが見どころ。初期の出演陣は波島進、中山昭二、神田隆、佐原広二。第1回の演出はこれが初のテレビ演出になる関川秀雄。
関川の初演出の弁。「テレビ映画は説得力が第一。シナリオも人情にからむ話がまじっているのでこれをうまく引き出し、出て来る俳優さんの個性をフルに生かしたい。(略)映画の『警視庁シリーズ』と違うことは、これは初動捜査班がモデルなので全員パリッとした背広姿でグッとスマートになる。いってみればハイウェイ・パトロールの線」(「日刊スポーツ」1961年9月8日付)。そのほかの演出は小林恒夫、石井輝男らが担当した。
さらにこれらのオリジンである映画版『警視庁物語』シリーズも、斎藤安代の主導で60分枠のテレビ用に再編集され、NET『警視庁物語』全16回(1967年1月8日~4月23日)として放映され、その続篇として『刑事(でか)さん』(1967~1968年)が製作されることになる。メイン脚本家は長谷川公之。演出は村山新治、小西通雄、降旗康男、小林恒夫、鷹森立一ら。出演は神田隆、田武謙三、花沢徳衛、松本克平、山本麟一、三上真一郎、今井健二といった面々。
以後のテレビドラマ界における刑事ドラマの隆盛と変遷については改めて記すまでもないだろう。Jフィルム・ノワールの本題から脱線しかねないので、慌てて言い添えておくと、このように『警視庁物語』シリーズは、映画のみならず、出版に、テレビに、刑事ドラマのお手本としてメディアミックスで展開され、その後マルチユースに消費され、さらにのちに続くテレビ刑事ドラマに大きな影響を与えたことを改めて確認したい。
*『警視庁物語』シリーズは、ネガは破損して見ることができないシリーズ18作『警視庁物語 謎の赤電話』(1962年、島津昇一監督)を除く23作品が、ネット配信されている。以下はその代表的なウェブサイト。
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