コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 Jフィルム・ノワール覚書⑧ 『警視庁物語』の時代 その2   Text by 木全公彦
『夜の野獣』
『夜の野獣』ポスター

『夜の野獣』
⑥『警視庁物語 夜の野獣』(1957年12月22日公開)83分
[監督]小沢茂弘 [脚本]長谷川公之 [撮影]福島宏 [助監督]鷹森立一
[事件名]山田栄三殺害事件 [事件発生場所]小石川 [その他の主要なロケ地]原宿、池袋、新宿(喫茶店「トレモロ」)、中野(東京警察病院)、日暮里、南千住近く隅田川貨物駅

夜の丸の内線でスリに財布を掏られた会社員が小石川で下車した犯人たちを追うが、駅近くの原っぱで犯人に刺され、絶命する。翌朝、通学中の児童が死体を発見して警察に連絡。警視庁捜査第一課が現場に急行する。現場に落ちていた血糊のついた財布の中に入っていた身分証明書から、被害者の身元はすぐに割れた。どうやら事件の背後に大掛かりなスリ集団の存在があるようだった。

シリーズ第6作は、正月興行ということで、初の長篇でスタンダードからシネマスコープに格上げされた。監督は第1作『逃亡五分前』と第2作『魔の最終列車』を手がけた小沢茂弘。

事件の骨格となったのは、警視庁の広報課に移籍した長谷川公之が製作した作品のひとつ。長谷川は広報課でこの手合いの、内部の資料として記録映画を製作していたが、同僚のカメラマンからたまには劇場公開を前提にした作品を作ろうということになり、「すり犯」という作品を製作した。「すり犯罪がどのくらい多いものであるか、すりはどんな手口をどのように使い分けるか、すりを見極めるにはどうしたらよいのか、等を、捜査第三課指導との協力のもとに描いてみた」(長谷川公之「スタジオ通信 陽のあたらぬ映画」、「映画ファン」1956年7月号所収)だという。ところがあまりにスリの手口が克明に描かれているため、観る者の好奇心をそそり、スリ犯罪を示唆する恐れがあるという上層部の判断によって、オクラ入りしてしまった。そのとき得た経験や知識が本作で生かされた。劇中で加藤嘉演じる捜査第三課の刑事が見せる16ミリがその作品である。

本作は、初の長篇ということでもあり、初心に戻って本シリーズに大きな影響を与えた『裸の町』(1948年、ジュールス・ダッシン監督)を真似て、ナレーションを入れることになった。終幕部の刑法240条の文面も復活。スリの専門用語はもちろんタクシーのイカサマ用語もふんだんに盛り込み、ロケ地も丸の内線や国電(現在のJR)、都電(東京の空一面に張り巡らされた架線!)はもとより、なかなか映像として見ることのできない南千住近く隅田川貨物駅まで、鉄道ファンには嬉しい一作となっている。

登場人物は、スリを追う側にいつもの捜査第一課のレギュラーメンバーに加え、加藤嘉を中心とするスリ専門の捜査第三課、証人や参考人に男娼やストリッパー、コールガール、タクシー運転手など人数も多く、多彩だが、中でもいつもは刑事役の関山耕司がスリの一人を演じているのも興味をそそる。

小沢茂弘の演出は、シリーズ初のシネスコということで、一画面に多くの登場人物を入れることの多い本シリーズを横長の画面を使ってうまく捌いている。若干テンポが緩い気がしないでもないが、終盤クライマックスの夜の操車場での追跡場面は迫力がある。