コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 Jフィルム・ノワール覚書⑧ 『警視庁物語』の時代 その2   Text by 木全公彦
『上野発五時三五分』
『上野発五時三五分』ポスター

『上野発五時三五分』
⑤『警視庁物語 上野発五時三五分』(1957年8月27日公開)58分
[監督]村山新治 [脚本]長谷川公之 [撮影]佐藤三郎
[事件名]オートレース場殺人事件 [事件発生場所]大井オートレース場 [その他の主要なロケ地]墨田区本所(特飲店)、浅草六区~仲見世、三河島、葛飾?(煙草屋、コーヒー店)、上野駅周辺~上野公園

オートレース場で大穴が出た瞬間、観客席にいたサラリーマン風の男が倒れる。群衆の中で殺人事件が起こったのだ。さっそく警視庁捜査一課が現場検証を行うと、銃創が普通ではないことが分かった。現場に残されたタクシー会社の名前が入った焼け焦げた手拭いは、手製の銃に巻き付けて消音器代わりにしたらしい。しかし被害者からは何も取られていない。刑事たちは解散したタクシー会社の元従業員を追って捜査を開始する。

シリーズ第5作は新人・村山新治の長篇劇映画第1作となった。村山は東映教育映画で児童映画を監督していたキャリアがあったが、まったくジャンルが異なる劇映画の初の長篇。だが、新人らしからぬきびきび手慣れた演出を見せる。現在読むことが可能な長谷川公之の脚本(「長谷川公之映画シナリオコレクション 警視庁物語」、アートダイジェスト、1994年)を読み比べてみると、実際の映画では改変された箇所が多い。

ともあれ、ロケーションを生かしたセミドキュ・スタイルは本作で一応完成したといってもいい。浅草のナイトシーンや堀雄二が犯人を追う夜の場面はツブシではなく、本当に夜に撮影していると思われる。さらに早朝の上野の描写など、手持ちの16カメラも使用して、早朝の空気感まで伝わってくる。

三河島の貧乏長屋ハモニカ横丁の凄惨な極貧ぶりがすさまじいが、それと同時にヤク中の犯人の一人が拘留所で禁断症状を見せるところはなかなかの迫力。これらの場面は、村山がのちに手がける『白い粉の恐怖』(1960年)を予告する。

出演者では、クライマックスで素晴しい走りを見せる多々良純が、この撮影のあとに「こういう日のために」と言って自宅にジムを作ったことは有名な話。また、ちょい役で出演する藤井貢の指のないやくざがホンモノみたいで迫力を出している。この人が松竹時代は若旦那だったとは!