映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第45回 60年代日本映画からジャズを聴く その6 八木正生におけるジャズと映画の葛藤
「サウンド・ディレクター」としての映画音楽家
本盤が録音された64年2月というのは映画音楽家としての八木にとって、どのような位置づけがなされるだろうか。フィルモグラフィからたどってみよう。すると石井輝男との東映での仕事がやはり目立つ。この64年は『東京ギャング対香港ギャング』『ならず者』『御金蔵破り』『いれずみ突撃隊』と四本。東映ではさらにもう一本、若林幹監督『列車大襲撃』もある。これはどんな内容かわからないが、石井作品はギャング映画、時代劇、戦争映画と多彩なジャンルを構成している。スタジオ・システム時代の売れっ子監督として石井輝男はまさに八面六臂の大活躍、年間四本というのが凄いが前年も四本であ然とするしかない。またそちらの四本中三本『暗黒外の顔役 十一人のギャング』『ギャング対Gメン 集団金庫破り』『親分(ボス)を倒せ』までが八木の音楽である。
石井映画には「ダンモ(モダン・ジャズ)が似合う」、とキャッチフレーズ風に言われるようになったし、そこに八木正生のジャズマンとしての貢献が認められるのも或る程度まで事実だろうが、再三記してきたように八木の映画音楽は必ずしも「ジャズ・テイスト満載」という感じではない。それが八木にとっても自覚的な処理なのは『御金蔵破り』を「聴く」とわかる。この映画はフランス映画『地下室のメロディ』(監督アンリ・ヴェルヌイユ)にヒントを得た時代劇であり、オリジナル映画はミシェル・マーニュによる「もろモダン・ジャズ」な主題曲が今でも缶コーヒーのCMに使われるほど評判を呼んだものだ。だから八木も、やろうと思えばそういったテイストを隠し味にしたジャズっぽい音楽をつけられたはず(彼は既に63年の市川崑監督『雪之丞変化』で時代劇にジャズを乗せている)。しかしそういう逸脱をあえて試みていないのだ。八木は自身の役割をアルバム「八木正生の世界」の中でこう語っている(インタビュアー貝山知弘)。

映画音楽の監督っていう仕事は、どういえばいいか…。僕は本当はサウンド・ディレクターをやりたいんですよね。つまり音楽も効果音も同レベルにある様な気がするんでね。例えば、もしコツコツっていう足音をテーマにすれば、それでも表現出来るものだと思うし、それが音楽である場合もあっていいし…。だからそういう意味ではそこに演歌なら演歌でもいいしタンゴでもいいし、どんな音楽でも知ってなきゃいけないと思うんです。自分で書けないとしたら誰かに書いてもらってもいいんじゃないかという風に考えておりますけどね。

こうした姿勢がもっともよく現れているのが同年の『殺人(マーダー)!』(監督和田誠)だと思う。和田誠は後年、実写映画にも優れた作品を残すことになる(それらの内『快盗ルビイ』とその同時上映アニメーション映画『怪盗ジゴマ 音楽編』の音楽を八木が担当した)が、これは当時の本業たるイラストレイター、グラフィック・デザイナーの素養をもって取り組んだ短編アニメーション映画。
和田はいわゆる「アニメイター」ではないから、これも一コマずつ画面を動かすフル・アニメーションではない。ある殺人事件の発見現場を色々なジャンル映画風(ホラーとかミステリーとかコメディとか)に描写する「リミテッド(動きが少ない)・アニメ」で、従ってそこに付けられる音楽もまた千変万化。バラエティ満点だ。有名な後年の「ゴールデン洋画劇場」タイトルのインスピレーション源はここにあったのだと納得する。この年はもう一本、久里洋二のアニメーション『リング・リング・ボーイ』というのもある。内容はよくわからない。なのでこの映画は割愛して、もう一本の注目作品を挙げよう。それが松竹映画『日本脱出』(監督吉田喜重)に武満徹と共作でつけた音楽なのである。
前回も紹介した『涙を、獅子のたて髪に』(62、監督篠田正浩)と本作の二本がクレジットから確認できる「八木・武満」音楽共作担当全作品。しかし篠田も証言するように武満作品にピアニストとして参加しているものもちゃんと数本わかっており、また八木自身も武満との交友や影響を認めている。この機会に二人の音楽的な共演や共闘関係を整理しておこう。まずインタビューの引用から。既に、八木が改めて映画音楽に興味を持つことになったきっかけ、それこそが武満との交友にあったと第42回の本コラムで述べてある。それに続けて。

武満さんには色んな意味で教わったですね。どういうのかな、具体的なことっていうのはあんまりないんですよ。何を習ったとか。もっと感覚的っていうか、音楽ってどういうもんだっていうことを教わったみたいな気がしますね。