映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第45回 60年代日本映画からジャズを聴く その6 八木正生におけるジャズと映画の葛藤
民族音楽的ジャズとしての「ジンク」
それで問題のアルバム「ジャズ・インター・セッション」に話題を戻すと全七曲中スタンダード二曲、マリアーノのオリジナル一曲、八木のオリジナル四曲という構成。八木は、マリアーノ・オリジナル以外はアレンジも担当している。ライナーの受け売りになるけれども、この64年、八木はインタープレイを持ち味にしたピアノ、ベース、ギターによるトリオを結成して月一度のコンサートを催すなど積極的に活動していたらしい。本盤にはその編成による音源はないが「降っても晴れても」“Come Rain or Come Shine”の原田政長(ベース)と白木秀雄(ドラムス)によるトリオ演奏は聴きもの。それというのもこの曲は先に記したビル・エヴァンス・トリオによる「ポートレイト・イン・ジャズ」“Portrait in Jazz”(Riverside)収録の名バージョンがあるからで、八木も当然意識しているはずだ。また近年ではキース・ジャレット(ピアノ)がゲイリー・ピーコック(ベース)、ジャック・デジョネット(ドラムス)と結成したトリオによるバージョンも名高い。これは「スタンダーズ・スティル・ライブ~枯葉」“Still Live Keith Jarette Gary Peacock Jack DeJonette”(ECM)で聴くことが出来る。
実質八木をリーダーにしているとはいえ、ジャケットの扱いでも分かるようにこの時代、彼は別にスター・プレイヤーだったわけではない。どういう経緯で本セッション・メンバーが招集されたのかはライナーを読んでも今ひとつわからないが、監修者として久保田二郎の名前がクレジットされているところから推測すると、久保田の強力なプッシュで八木の音楽性を活かしたレコーディングが企画されたということではないだろうか。その気で聴けば、八木の完全なソロで「思い出のサン・フランシスコ」“I Left My Heart in San Fransisco”が収録されているのも、明らかな特別扱いで面白い。後述するつもりだが、雰囲気がセロニアス・モンクのソロ・ピアノを彷彿とさせるのだ。このあたりは久保田としてもしてやったり、という感じだったに違いない。

そして既にかつて述べたように「ジンク」も秀逸。「甚句」と言っても何かちゃんとした原典、オリジナルがあるわけではないのではなかろうか(詳しくないので勝手に決めつけてます)。松本英彦のソプラノ・サックスがコルトレーン風に響くのを聴いていると、かつてそのコルトレーンがミュージカル・ナンバー「マイ・フェイヴァリット・シングス」“My Favorite Things”(幾つかのアルバムでこの曲を演奏しているが同題のアトランティック・レーベルのアルバムが有名)へのこだわりの理由を問われて「スタンダード風にも民族音楽風にも解釈できるところだ」と答えたことがあったのを思い出させる。「ジンク」もそういう広い意味での民族音楽という印象がある。
もっともここでコルトレーン風とか書いているけれども音楽的に厳密に規定しているわけではなく、大体ソプラノ・サックスでモダン・ジャズをやると「コルトレーンっぽく」聴こえることになっている。ソプラノというか、正確に言えばテナーとアルトのサックス以外のこの手の木管楽器ね。例えばユセフ・ラティーフが『イースタン・サウンズ』“Eastern Sounds”(Universal)で取りあげてジャズ楽曲として有名になった「スパルタカス~愛のテーマ」“Spartacus Love Theme”は、知らずに聴くととてもアレックス・ノース作曲のハリウッド映画からのものとは思えない。非常にアジア的、民族音楽風に響く。アルバム・タイトルはそういう意味だ。その最大の原因は通常のジャズで使用されるサックスではない楽器(オーボエだという話ですが、私ではわからない)でこの曲が演奏されることによる。現在このアルバムはコルトレーンへの影響を云々されるけれども、広く取ればジャズが改めて民族音楽に接近する傾向への試金石というか呼び水となっているわけで、何故その件をここに持ちだしたかというと、こういう傾向がとりわけ顕著に見られるようになるのが日本のジャズだから。その一つの例として「ジンク」があるということだ。円環的に話題がそこに戻ってきた。