映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第41回 60年代日本映画からジャズを聴く   その3 ジャズから現代音楽、ソフトロックまで、八木正生
桑田が八木に尊敬の念を表明する
近年、と言ってももうずい分前になるのか、若い音楽ファンの間に八木正生(やぎまさお)の名前が浸透したのはやっぱり、桑田佳祐が八木への尊敬の念を表明したからだったと思う。尊敬、英語で言えば「リスペクト」で、こう書けば最近大流行りである。「××さん、リスペクトで~す」とか言って、若いミュージシャンが他人の音楽をちょろまかす際に良く使われる。嫌な言葉、というか概念、振る舞いだが。桑田が八木を尊敬するという場合、本当に尊敬しているのだからこういうのとは次元が違う。さすが桑田さん、という受けとめ方がサザン・ファンというよりジャズ・ファンの間では一般的だった。けれども「わかってるつもりでわかってないアホ」も中にはいた、という話題から入りたい。
当時、80年代だったか、あるテレビ番組に出た桑田は、番組構成作家が「八木だろうが誰だろうが似たようなもんだろう」という甘い認識で、その番組のコーナーMCで作曲家宮川泰への同様な尊敬の念を桑田に表明させようとして(あるいは作家が単に八木と宮川を混同していたのかも知れないが)、そういうニュアンスの台詞を台本に書きこんでいたのを、わざとボー読みで読んでいた。嫌々ながらしゃべってやっているのだ、とわかる人にだけはわからせるためだ。桑田氏の音楽に私はそれほど興味ないのだが、さすがにこの時は彼の度胸にシビれた。事情にいち早く感づいた宮川氏もさらっと流していて、こちらも偉かった。そりゃ宮川さんの音楽だって素敵ですがね(後年、宮川もアレンジャーとしてサザンオールスターズの楽曲に参加している)、しかし勝手に八木正生と他の人とをごっちゃにされては、桑田氏だって気分悪いだろう。バカなTV構成作家が自分のバカさ加減に気づいていたかどうかは知るよしもない。
日本人の間で最もよく知られ、聴かれた八木正生の音楽といったら、今はもう流れていないが「ゴールデン洋画劇場」の番組タイトルに使われたオリジナル・ミュージックに違いない。…と聞いてピンとこなくても、和田誠のアニメーションのヤツと言えば、ああ、あれね、と大体の映画ファンは納得するはず。ミュージカル映画とか西部劇とかメロドラマとかの雰囲気を示す画面が数秒ごとにスムーズに展開するのに合わせて、背景音楽もそれっぽく変化していく様は全く見事なものだった。もっともこの傑作の存在をもってしても、和田誠の名前ほど八木の名前が知れ渡ったわけではないだろうが。

毎月「映画の國」を読むような物好きというかしれ者というか知的レベルの高い方々には、八木正生が何者か、といったところから始めることもなかっただろうが、ともあれ連載第23回「ヌーヴェル・ヴァーグ旋風と日本映画(のジャズ)」も復習しておいて下さい。八木が映画音楽家として出発したのは59年のこと、さらに前々回のことだが、多分『続・網走番外地』のための音楽に山下洋輔と富樫雅彦が八木に請われ、参加していて、今ではDVDでならばその音楽を聴くことが出来るというお話をした。映画音楽家としてはこの東映映画一連の大ヒット・シリーズが八木のものとして最もよく知られており、ただし有名な主題歌はもとからあるもので八木の作曲ではない、と、まあこのあたりが今回コラムを始めるに当たって了解しておいていただきたいところ。
さて、本コラムの愛読者の皆さまは当然「八木正生というピアニストがジャズと映画音楽の世界、その両方で活躍した」ということを知っておられると思う。また、それ以外にも彼はテレビ番組やCMに様々な足跡を残している。けれどもそれぞれの分野でのその音源をじっくり聴いたことのある方は限られるのではないだろうか。一応このコラムのために新譜屋さんを結構覗くのだが、八木のジャズ・アルバムはなかなか見つけられないのが現実だ。そのせいもあってここまで八木の登場が遅れたという感じもある。  映画音楽集というのも似たような状況で、廃盤アルバムを適宜使用して書いていこうか、と思っていたところ最近になって面白いサントラ盤が幾つか出たりし始めた。そのあたりも目配りしつつ記述していきたい。