海外版DVDを見てみた 第27回 アベル・ガンスの『戦争と平和』、『鉄路の白薔薇』 Text by 吉田広明
『世界の終わり』と『ルクレツィア・ボルジア』
ナポレオンについては、ガンスはこれ以後も何度も映画化を画策し、27年版についても再編集をしきりに試みていて、執着のあるモチーフだったようである。革命を世界に輸出しようとしていた人物、世界を一つにしようという偉大な野望を抱いていた人物としてガンスは彼を尊敬していた。世界共和国というのはガンスのモチーフとして何度も現れる。『世界の終わり』(30)にしても、見方によれば『ルクレツィア・ボルジア』Lucrèce Borgia(未、35)もそのような物語である。

『世界の終わり』ポスター

『世界の終わり』でキリストを演じるガンス

『ルクレツィア・ボルジア』ポスター

『助けて!』オーヴァーラップによるお化け
『世界の終わり』は、巨大な彗星が地球に近づき、地球が滅びようとする。享楽に溺れようとするブルジョアたちに抗して、科学者が世界共和国を打ち立てようとする話。科学者の弟をアベル・ガンス自身が演じているが、この男は俳優で、とある劇でキリストを演じている。このことも象徴的だが、彼はどこか預言者のようなところがあり、病で死んでしまうが、兄に、民衆に訴えるための手法として、自分の声を吹き込んだレコードや、自分の著作を兄に託す。彗星が近づき、地上が混沌とするところがモンタージュによって描かれるが、これまでの作品のような徹底したモンタージュではない。滅亡ものSFを見慣れて来た目にはいささか凡庸に感じられてしまう。

『ルクレツィア・ボルジア』は、教皇アレクサンドル六世とその息子チェーザレ、娘ルクレツィアを主人公とする。特にチェーザレは権力志向で、都市国家イタリアを統一しようとしている、という意味で、世界共和国を作ろうとする『ナポレオン』、『世界の終わり』の主人公に通じるといえば通じる。ルクレツィアは、傲慢で野蛮なチェーザレによって政略結婚させられ、夫が無用になれば殺され、さらに政略結婚を強要される、権力の犠牲者ということになる。一方驕慢なようでもあり、政治に翻弄される悲劇のヒロインとして見るべきなのか(まあ、そういう方向なのだろうが)、そういった政治状況をしたたかに生きて来た女の一代記として見るべきなのか、良く意図が見えない。イギリスやイタリア、ドイツでは公開禁止されたというが、確かにヒロインのエドウィージュ・フュイエールのヌードがあったり、乱交パーティが描かれたりしているので、当時としてはスキャンダラスに見えたかもしれない。

史実というか、伝として、チェーザレとツクレツィアは近親相姦の関係にあったとされている。この映画の中でも、チェーザレが、ルクレツィアに関係した男を全員一つ墓所に並べて埋めて悦に入っている、という描写があって、兄の妹への執心を表してはいる。とは 言え、本作に限らない話だが、ガンスの作品には強烈な(あるいは倒錯的な)エロスは感じられない。例え本作にヌードがあったり、『鉄路の白薔薇』に娘(特にその足)への執着が描かれていたり するにしても、エロティックな感じがしない。まあキリストを自分で演じたいような人だから、スケベではないのかもしれない。ガンスの作品が、巨編ではあれど、わたくし的にどこか物足りない気がするのはその辺に原因があるかもしれない。

まとめとしては、外延的モンタージュを始めとする技法を駆使した巨編がアベル・ガンスの真骨頂ということになるだろう。そうした巨編は、ともすると構成に難がなしとせず、主義主張によって統一性が力づくで確保されているような印象も受ける。そうすると技術が突出して見えたりもするのだが、その点さしたる内容を持たない短編であればその綻びが見えにくいということにもなり、『ルクレツィア・ボルジア』DVDに収められた短編『助けて!』Au secours!(未、23)は、ガンスの技術の適当な見本市になっている。話はたわいなく、お化け屋敷で一時間我慢する賭けをした男を襲う驚異の数々を描くもので、入り口の執事の蝋人形(指をマッチで焼くと溶ける)が動き、床がトランポリンになり(早回しやスロー・モーション)、主人公がシャンデリアにつかまるとフレーム自体が上下に動く、そしてラストでは、これまで現れた化け物たちが素早いモンタージュによりコマ単位で交代する。主役を演じているのは、フランスのサイレント期の喜劇王、マックス・ランデール。今回、何の不満もなく全編を見ることが出来た唯一のガンス作品、と言ったらガンスの真価の分からぬ奴と言わるだろうか。

文中でも既に述べた通り『戦争と平和』J’accuse、『鉄路の白薔薇』La Roueのレストア版DVDはアメリカ、Fickeralleyから発売。前者には「戦時中のパリ」、「戦争を闘う」の二本の短編ドキュメンタリーがおまけ。特に後者は飛行機の上から見た戦場など珍しい映像。後者には監督助手を務めたブレーズ・サンドラールのドキュメンタリー、公開当時のパンフレットの静止画像がおまけ。『世界の終わり』La fin du MondeはフランスGaumontから。仏語字幕がある。『ルクレツィア・ボルジア』英語ではLucrezia BorgiaはアメリカImage entertainmentから。文中でも書いたようにおまけには『チューブ博士の狂気』と『助けて!』の二本の短編が入っている。