前回に引き続き、フランスものを取り上げる。アベル・ガンスと言えば何といっても『ナポレオン』が有名で、81年にフランシス・フォード・コッポラが修復したヴァージョンを、その後数年してから深夜フジテレビで放映したのを見た記憶があるが、それ以外の作品を不勉強でほとんど見たことがなかった。2008年に、実験的な映画を中心にDVDの製作販売しているアメリカのフリッカー・アレイからガンスの代表作二作品のレストア版が出たのを、直後に買ったはいいが、それぞれ相当長いのでそのうち、と思っている間に五、六年も経ってしまった。
前回からフランスに流れが傾いているので、この機会を利用して見てみようと思う。ガンス作品は、特に戦前の代表作については公開もされ、日本における評価も高いようである。当時どう受け止められていたのかというのも興味深い主題ではあるが、ここではそうしたものを渉猟、また参照しようとしていない。あくまで筆者が、現在の眼で見た作品の感想であり、評であることをお断りしておく。
初期作
アベル・ガンスは早々に学業を止め、演劇の世界に入る。サラ・ベルナールを主演に想定した悲劇を書くが、上演に五時間かかるというので実現はしなかったという。この時代に、シュルレアリスムの詩人、小説家ブレーズ・サンドラールと知り合っている。サンドラールは以後のガンスの重要な協力者となる。演劇を主として活動する一方、映画のシナリオを書いてゴーモンに売っていたガンスだが、そのうち演出もするようになり、実験的な短編で次第に知られるようになっていった。初監督作品がジャン・ルノワールの兄であるピエールの映画初出演作の歴史映画『堤防、あるいはオランダを救うために』La Digue ou pour sauver l’Holland(未、11)。初期短編の一つ『チューブ博士の狂気』La Folie du docteur Tube(17)は、アメリカ版『ルクレツィア・ボルジア』のDVDに収められているし、
ネットなどでも容易に視聴可能。チューブ博士というマッド・サイエンティスト(頭が尖がっている)が偶然発明した薬(粉状)は、人間の視角を歪めるもので、博士の娘なのか若い女性二人とその恋人たちが巻き込まれて大騒動に、という内容。凹面鏡を使った変わったヴィジュアルがあるだけで、物語としての展開が一切なく、今から見ればごくたわいのない映画。下らなすぎるということなのか映画会社は怒って上映を拒否したという。この頃から既に、極端なクロース・アップや画面分割などを使用しているとされる。
1916年フランスで公開された、セシル・B・デミルの『チート』(15)を見、「特にその背景の選び方、フレーミングの正確さ、明暗の使用法」(フランスの映画研究誌「1895」33号、20年代フランス映画事典より)に衝撃を受ける。その影響を受けて作られた初期の代表作が『悲しみの聖母』Mater dolorosa(未、17)で、夫に無視される妻が、夫の兄弟と不倫の関係に落ちるメロドラマ。続いてこれもメロドラマ『第十交響楽』La Dixième symphonie(未、18)。ガンスの映画は、実験性とメロドラマを掛け合わせたものになってゆく。