エスニック映画
この後ウルマーはニューヨークに渡り、そこでさまざまなエスニック映画を撮るのだが、その前にハリウッドでもう一本、これは西部劇を撮っているのでそれも紹介しておく。『テキサス上空の雷』Thunder over Texas(34、アルファ・ヴィデオで出ている)。これが面白いことに、その女房を寝取った亭主、マックス・アレキサンダーの製作。上記の事件があってからの製作とは思えないが、そうとも言い切れない。監督はJoen Warner名義になっている。冒頭銀行強盗が起こるのだが、犯人は車で逃げる。西部劇と思って見始めると意外の感に襲われる。その車は馬で追跡する保安官に迫られ、遂に事故を起こし転覆するが、そこには犯人の幼い娘が乗っていた。その幼女を主人公のカウボーイは引き取って育てることになる。その銀行強盗は実は銀行の頭取と悪徳保安官によって仕組まれたもので、死んだ男は、今度引かれることになっている鉄道の路線図を持っていた。その路線図は幼女が持っているらしい…。小松弘が述べているように(フィルムアート社『シネクラブ時代』所収講演)、カメラを傾けて撮ることで斜面から降りてくるように見せるなど、妙な事をしている。ラストも何故か主人公と悪役は屋根の上で格闘する。斜面で撮ればいいところを平面で、平面で撮るべきところを高所の斜面で。ウルマーの映画は歪んでいる。
ニューヨークに渡ったウルマーはカナダで撮影されたユニヴァーサルのミステリー映画From Nine To Nine(36)を撮った後、イディッシュ語映画四本(Grine Felder / Green Field 37、Yankel Der Schmid / The Singing Blacksmith 38、Fischke Der Krumer / The Light Ahead 39、Americaner Schdchen / The American Matchmaker 40)、ウクライナ語映画二本(Natalka Poltavka 36、Zaporozhets Za Duhayem 38)を撮る。うちイディッシュ語映画四本はアメリカでDVD化されている。『緑の草原』Green Fieldは、若い学者がある村の一家に住み込み、そこに牧歌的な共同体を見出すというもの。『歌う鍛冶屋』The Singing Blacksmithは、若い夫婦の幸福な結婚生活が一人の邪魔者によって波立つさまをミュージカル仕立てで描いたコメディ。『前方の光』The Light Aheadは、貧しさゆえに結婚できない恋人たち(女性の方は盲目)だが、町にコレラが流行りだし、疫病を鎮めるためには深夜に結婚式を執り行わねばならぬという因習を利用するというドラマ。『アメリカの結婚仲介人』The American matchmakerは、何度も結婚相談所に相談に行って失敗した男が、自ら仲介人になってしまうコメディ。すべて有名なイディッシュ語の小説や舞台作品の映画化であるらしい。ウクライナ映画については全く不詳。筆者は『緑の草原』と『前方の光』しか見ていないが、確かにマイナーな社会に向けての映画ではあるにしても、またそれゆえの限界(古臭さ、前近代性)もあるだろうが、ドラマとしてしっかり構築されている。その生涯をほとんどB級映画に費やし、70分程度の映画ばかり撮っていたウルマーだが、この時期の作品は90分台。実は生涯で唯一、まともな尺数の映画が撮れた時期だったとも言える。またウルマーは全編黒人キャストによるメロドラマ『ハーレムにかかる月』(39)も撮っている。これもアメリカではDVD化されている(イメージ・エンターテインメント、Edgar G. Ulmer : Archives所収)。当時のこのような特定のマイナー社会に向けられた映画の全体状況がどのようなものだったのか、またその中でウルマーが果たした役割は、今後光が当てられねばならないのだろうが、少なくとも筆者にはその力も意思もない。
ウルマーはこの当時他にも結核予防のための短編宣伝映画を多数手掛けている。そのうちの一本『さよなら細菌君』Goodbye Mr. Germ(40)だけ上記Edgar G. Ulmer : Archiveにおまけとして収められている。