海外版DVDを見てみた 第22回 バッド・ベティカーのフィルム・ノワール Text by 吉田広明
『霧の中の逃走』ポスター
『霧の中の逃走』と『閉ざされた扉の陰』
『霧の中の逃走』Escape in the fog(未、45)は、戦争中、精神衰弱にかかって帰国中の女が、悪夢の中で男が二人組に殺されそうになったところを見、叫び声をあげて目覚めたところ、心配して見に来た同宿の男が、まさにその殺されそうになっていた男だった、という神秘的な始まりを持つ。その後まったく同じ状況が反復されることになるのだが、実はその神秘が映画の主題ではなく、主筋は、その殺されそうになる男が連合国の重要な情報を持って国外に出ようとするところを、ドイツ側のスパイがその情報を横取りしようとする、というスパイ・ストーリーである。


『霧の中の逃走』悪夢から目覚めたニナ・フォック


『閉ざされた扉の陰』ポスター

『閉ざされた扉の陰』二階には何が…
冒頭の悪夢場面は霧の中、ラスト、情報を握って逃亡したドイツ人たちを追うのも霧の中である。思えば『消えた陪審員』でも、犯人が記者をスチームバスで殺そうとするという、アンソニー・マン監督『Tメン』T Men(未、DVD発売、47)のような場面があるし、『Uボートの囚人』でも印象的な霧の場面があったという。『ミステリアスな一夜』や『消えた陪審員』の変装、『ミステリアスな一夜』のマネキンなども含めて、「身を隠す」とか「隠れる」、ということへのオブセッションが共通している気もするが、それが以後、例えば西部劇などで展開されるものかどうか。ベティカーの西部劇については改めて書く機会を持ちたいと思うが、その時の宿題としておく。

本作はデビュー間もないニナ・フォックが主演。彼女は次作『私の名前はジュリア・ロス』My name is Julia Ross(未、45、近日ブロードウェイからDVD発売予定)でブレークする。ベティカーはこのほかに、裁判官が、法廷で裁かれる不良若者の中に、自分の娘を見出すという『裁かれる若者』Youth in trial(未、45)、保険調査員が医者に変装して給与強盗事件を捜査する『危険な任務』Assigned to danger(未、48)などが犯罪ものとしてあるようだが、これらを現在筆者は眼にしていない。オスカーがバッドとなる以前の作品として見ることができるのは、他に『閉ざされた扉の陰』Behind the locked doors(未、48)のみ。この時点でベティカーはコロンビアを去っており、本作は独立プロ作品。

悪徳判事が精神病院の中に隠れていることを知った女性記者が、探偵に内部潜入を依頼する。探偵は狂人を装って入院に成功、病院の実態を明らかにしてゆく。精神病院への潜入という枠組みが、後のサミュエル・フラー『ショック集団』(63)に似ているが、真相に迫りつつも、次第に主人公自身狂気に陥ってゆき、事態が再び闇の中へ帰っていってしまうというフラー作の展開のどす黒さに比べれば、本作はまだまだ微温的ではある。しかし、看護人の陰湿な嘲弄(かつてのボクシングのチャンプの独房傍の消火器に鍵束を打ち当ててゴングのような音をさせると、チャンプは昔を思い出してボクシングの格好を始める)、また主人公の行動に不審を抱いた院長とその看護人と判事とが密談する場面で、三人を仰角で捉え、さらに看護人のクロース・アップでは、彼だけ微妙に照明を当てて不気味さを演出するなど、細部演出に一見忘れがたいものがある。