海外版DVDを見てみた 第12回『ジョージ・キング『スライ・コーナーの店』、『禁断の恋』を見てみた』 Text by 吉田広明
ジョージ・キングとは
ジョージ・キングとは誰か。実のところ筆者もよくは知らないというしかない(ネット上で顔写真も見当たらない)。エフライム・カッツのFilm Encyclopediaによると、「1899年ロンドン生まれ。勤勉な多作家。低予算のイギリス映画を数多く作り、業界では『早撮りものの王』として知られるようになった」と、これだけの記述しかない。インターネット・ムーヴィー・データベース(IMDb)にはもう少し詳しく情報が上げられている。エージェントとして映画界に入り、その後脚本、製作、監督をするようになった。彼がもっぱら作ったのは「クォータ・クイッキー」つまり「割り当ての早撮りもの」であって、これはイギリスで上映される映画の一定数はイギリス製作でなければならない、という規定があり、その数合わせのために製作された映画、ということだが、この記述からは、三十年代~四十年代、イギリスにおいては、国内で上映される作品の全てを自国製作の映画で賄う事が困難であり、ありていに言ってアメリカ映画に押されていたのだろうことがうかがわれる。実際この頃のアメリカ映画は最盛期であった。

撮りもので彼が得意としたのがホラーものということになっている。特に俳優トッド・スローター(スローターには「虐殺」の意味がある)を主演に迎えた一連の作品。その中で最も有名なのが『スィーニー・トッド、フリート街の悪魔の理髪屋』Sweeney Todd : The demon barber of Fleet Street(36)。これはインターネット・アーカイヴで観られる。もともとは舞台劇で、トッド・スローター自身、何度も舞台で演じ、彼の当たり役だったようだ。ベン・キングスレー主演、ジョン・シュレシンジャー演出でTVドラマにもなり、また、アメリカではミュージカルになった。そのミュージカルを見て映画化を企図したのがティム・バートンであった(詳しくは『映画作家が自身を語る ティム・バートン』、フィルム・アート社参照)。ただしバートンはジョージ・キングの映画を見ていないので、バートン版をキング版のリメイクとは言えないだろう。

実際観れば分かるように、残酷描写もほとんどなく、死体の肉をパイにして供する、というのも台詞で示唆されるだけ。例えばバートン版だと、剃刀で喉を切り裂き、派手に血が出て、その後椅子を上下さかさまに回転させて死体をダストシュートするのだが、キング版では生きている状態で椅子を回転、地下室に落としてから、気絶しているところを殺害(殺害場面も映らず)という手順なので、彼の悪事を暴く役の男は、地下室に落とされながらも死なないで助かってしまう、という詰めの甘さが残念な展開。トッド・スローターも、イギリス出身の怪奇俳優ボリス・カーロフやクリストファー・リーに比べればごく普通の大柄なおっさんにしか見えず、不気味に笑って見せたりするのも御愛嬌といったようなものだ(トッド・スローターについてはブログで書いている奇特なライターがおられる)。この方も書いておられる通り、不気味な地下室や、誘拐、殺人、人肉食、等々、ヴィクトリア期のおどろおどろしい犯罪ドラマと見るべきであって、ホラーを期待すると肩透かしにあう、といった印象。ジョージ・キング監督=トッド・スローター主演作品については、上記インターネット・アーカイヴで他にも見られるものがいくつかあるので、興味ある方は探してみられたし。