コラム『日本映画の玉(ギョク)』Jフィルム・ノワール覚書⑬ 東映ノワール 『七つの弾丸』の革新性』    Text by 木全公彦
映画の脚本家にはいろいろなタイプがいるが、日本で最も合理的な考え方の持ち主で、コンストラクションがガッシリしたホンを書く脚本家といえば、橋本忍をおいてほかはない。なにせ早い時期からカナタイプを使い、テープレコーダーをメモ代わりに利用し、読書のために速読術を習うという合理主義者で、時制や空間を行き来しながら鮮やかにテーマを浮き彫りにしていく脚本の構成力はずば抜けており、脚本作りのお手本として多くの専門学校が橋本作品を教材としてよく取り上げているほどである。

橋本忍
橋本忍は、黒澤明が国際的な舞台で注目されるきっかけとなった『羅生門』(1950年)で脚本家デビューし、以降、世界にも類のないチームで脚本を書くという黒澤作品独特の脚本作りの中核メンバーとして活躍。『真昼の暗黒』(1956年)や『夜の鼓』(1958年)、『仇討』(1964年)では社会派の巨匠・今井正、『切腹』(1962年)、『上意討ち・拝領妻始末』(1967年)では黒澤と並ぶ完全主義者の小林正樹とそれぞれ組み、主だった賞を総なめにした。松竹の野村芳太郎とはとくに関わりが深く、『ゼロの焦点』(1961年)、『影の車』(1970年)、『砂の器』(1974年)など、松本清張原作の映画化で話題を集めてきた。Jノワールという視点では、東宝ノワールや松竹ノワールのキーパーソンともいえる最重要人物である。

『七つの弾丸』の概略
というわけで、今回は『七つの弾丸』(1959年)を取り上げる。

『七つの弾丸』ポスター
『七つの弾丸』は、独立プロを含み、東宝を中心に大手六社の映画会社でまんべんなく脚本を書いてきた橋本の初監督作品『私は貝になりたい』(1959年)に次ぐ作品で、『どたんば』(1957年、内田吐夢監督)以来2年振りの東映作品である。監督は東映ノワールに大きな位置を占めるセミドキュ・スタイルの犯罪捜査映画を確立した村山新治。『七つの弾丸』はこの二人が組んだ唯一の作品となった。

夏だというのに白いパナマ帽子に蝶ネクタイにスーツ姿の男が明和銀行新橋支店にやってくる。男の名は矢崎哲男(三國連太郎)。一年前、失業した彼は、知人を頼って神戸に行くがあいにく知人は留守で、交通費にも事欠いて炎天下を歩いて日射病で昏倒してしまう。担ぎ込まれた交番で意識を取り戻した矢崎は、警官から拳銃を奪い、浜松OS劇場、名古屋新和銀行を襲撃し、現金を強奪した。矢崎には女医の三千代(久保菜穂子)という恋人がいたが、三千代には拾った金で株を買ったら大儲けしたと嘘を言って、奪った金で豪華な家を建て、二人で贅沢な暮らしをしていた。三千代の夢は自分の病院を持って開業医になることで、そのための資金を捻出するため、矢崎は今また銀行を襲う計画を立て、今日はその現場の下見に来たのである。

物語のメインは、この矢崎という男が、新橋の大通りに面した銀行を白昼襲撃し、現金を強奪するが、思わぬ手違いから計画が破綻し、車を乗り継いで逃走したあげく、警官隊に逮捕されるまでを、時間軸を行ったり来たりしながら描いていく。そこに事件に巻き込まれ、矢崎の凶弾に倒れることになる全く無関係の三人の物語がサブ・ストーリーとして挟みこまれる。

一人目は、襲撃の舞台となる新橋の銀行のすぐ隣にある交番に勤務する警官の江藤隆(高原駿雄)で、彼は農家の二男で家督を継げないので東京に出てきて警官になった。目下、真近に迫った昇進試験の勉強に余念がない。二人目は、銀行の出納係の安野亮一(今井俊二)。中谷君子(能沢桂子)という婚約者がいるが、亮一の弟が神風タクシーに轢かれて死んだので、沈みがちになる母親(村瀬幸子)のため君子との結婚を考えている。だが結婚式に見栄を張ろうとする母親とは、このところ折り合いが悪く、気まずい空気が流れていた。三人目は、タクシー運転手の竹岡直吉(伊藤雄之助)。直吉は偽名を使った免許証をいくつも持って、会社を転々と渡り歩いては、白タクまがいのことをやって荒稼ぎしている。現在はアパートで陽子(星美智子)というキャバレーのホステスと同棲しているが、田舎の家には妻子がいた。女房の満江(菅井きん)は直吉を探して上京し、タクシー会社を訪ね歩いている。