コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 Jフィルム・ノワール覚書⑨ 『警視庁物語』の時代 その3   Text by 木全公彦
『十五才の女』
『警視庁物語 十五才の女』ポスター

『警視庁物語 十五才の女』
⑯『警視庁物語 十五才の女』(1961年2月1日公開)63分
[監督]島津昇一 [脚本]長谷川公之 [撮影]仲沢半次郎
[事件名] 少女殺し事件 [事件発生場所]多摩川二ケ領上河原堰堤 [その他の主要なロケ地]多摩川原橋、調布警察署、府中警察署、府中競馬場、府中市中河原

多摩川の上流に写生に訪れた女子高校生が、水門のところに少女の死体が浮かび上がっているのを発見した。警視庁捜査第一課が現場に向かった。法医技師の所見は頸部に絞められた痕跡があったことから、死因を扼殺による他殺と断定、死亡時刻を前夜8時頃と推定した。所轄署に捜査本部が設けられ、本庁の捜査一課から担当刑事がやってくる。被害者は殺される1時間ほど前に支那ソバを食べており、暴行の形跡はなかったが、まだ十代であるにもかかわらず異性との性交渉が相当あったことが分かった。少年係刑事の言葉から、被害者の身元が割れ、林美代子という15才の少女で、売春婦の母親とバラック小屋に住んでいたことが分かった――。

島津昇一のシリーズ登板第2作目は、例によって前作『不在証明』との2本撮りによる1本。しかし、セット撮影や室内ロケが多かった前作とはうって変わり、ほぼ全編多摩川沿いにロケーションし、第9作『顔のない女』に続く川の系譜の映画となった。 前作がアリバイ崩しをメインにしていたのに対して、本作では事件の真相が分かるにつれて、被害者の少女を取り巻く絶望的なまでの貧困の実体が胸に露わにされてゆく。その意味において、本シリーズの中の最も痛ましさに満ちた作品といえるだろう。実際、当時の調布から府中にかけての多摩川沿いを知らない人間にとって、本作が映し出す川沿いのバタ屋部落の壮絶な貧困ぶりはなかなかショッキングなもので、高度成長から取り残された社会の底辺部で暮す人々の生活ぶりを浮き彫りにする。

『警視庁物語 十五才の女』
被害者の少女の母親(菅井きん)は進駐軍相手に売春をして、脳梅毒を移されて発狂した。そして国から少しばかりの補助金をもらって、娘と一緒に掘立小屋のようなバラックに住んでいたのだ。少女はその貧困の中でただ食べ物欲しさに売春をしていたという、痛ましい事実が明らかになる。だが刑事たちは必要以上に同情や憐れみを見せるわけではなく、真犯人を追って職務に忠実たらんと捜査を進めるばかりだ。このあたり左翼系映画のように社会の矛盾を糾弾したり、感傷過多に陥ったりしない絶妙の按配が素晴しい。

刑事たちは被害者の少女売春婦と関係のあった男たちを洗っていくが、やがて福祉事務所の担当者の存在を突き止める。これを演っているのが今井俊二で、本シリーズでは刑事の一員になったと思うと、いかにもいやらしい芝居で容疑者を演じたりして大活躍なのだが、本作でも憎々しさで本領発揮する。

そして深いやりきれなさを残して映画は終わる。