コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 Jフィルム・ノワール覚書⑨ 『警視庁物語』の時代 その3   Text by 木全公彦
『深夜便130号列車』
『警視庁物語 深夜便130号列車』ポスター

『警視庁物語 深夜便130号列車』
⑫『警視庁物語 深夜便130号列車』(1960年1月27日公開)80分
[監督]飯塚増一 [脚本]長谷川公之 [撮影]高梨昇 [助監督]太田浩児
[事件名]トランク詰殺人事件 [事件発生場所] 東京汐留駅 [その他の主要なロケ地]東京駅、久宝寺町(大阪)、心斎橋筋(大阪)、天王寺(大阪)、梅田駅(大阪)、茶臼山(大阪)、隅田川駅、府中(自動車試験場)、三河島、尾久駅(国鉄洗車場)、弥富の鍋田干拓地(名古屋近郊)、江戸川某所(中華ソバ屋)、京成電鉄の某駅(清風荘)、船橋(劇場)、沼津駅、大船駅

東京汐留駅の構内に、荷主・荷受人不明のジュラルミン・ケースが届いた。荷札にはミシンという記載があったが、中から腐敗臭がするので、国鉄公安官立合いのもとトランクを開けた結果、中には半裸体の女の死体が詰められていた。駆けつけた捜査第一課の所見で、死体の目からコンタクトレンズが摘出された。解剖の結果、絞殺による窒息死・暴行の形跡なし、年令30才前後、肋膜を患ったことあり、死後7日ということが判明した。トランクの発送先が大阪天王寺駅であったことから、捜査班は大阪に出張する――。

シナリオ時のタイトルは『警視庁物語 深夜便一三〇列車』だが、映画版は『警視庁物語 深夜便103号列車』。ちなみにプレスを見ると、タイトル・デザインを並べたところは縦書きと横書きで表記を変えているといういい加減さで、ポスターの表記も漢数字。そのためか資料は両方の表記が混在しているが、映画のクレジットに準拠して『警視庁物語 深夜便103号列車』と訂正しておく。

シリーズ3本目の長篇の監督は、新鋭・飯塚増一。短期間の東宝教育映画部を経て、1952年に東映東京撮影所に入社。1959年の『黒い指の男』で監督デビュー。本作は監督3本目にあたる。もともとイタリアン・ネオリアリズモに強い影響を受けて、映画界を志したこともあり、ドキュメンタリー・タッチのドラマ作りには定評があり、本シリーズでは計4本の作品を監督した。

今回の作品のモデルになった事件は、この頃まだ記憶に新しい世間を騒がせた「博多駅止め荷物殺人事件」(1957年)を中心に、その前年に起きた「品川トランク詰め殺人事件」(1956年)も加味している。そこにクロフツの推理小説の名作古典「樽」、及びその影響下にある鮎川哲也の「黒いトランク」の要素も参照しており、遺留品調査や目撃証言などの地道な実証的捜査と推理の二本柱で物語が展開し、長谷川の脚本の冴えが光る。

『警視庁物語 深夜便130号列車』
長篇なので冒頭はナレーションを採用。トランクの発送元を探って、舞台は大阪、名古屋、沼津にまで広がり、スケールを感じさせる。東京の捜査一課長に松村達雄が初出演、同じく刑事役に東映に入社第2作の中山昭二が初お目見えするほか、大阪の準捜査本部の主任に加藤嘉、部長刑事に山茶花究、その部下に今井俊二が初の刑事役で出演。大阪は第4作『白昼魔』でもチラリと舞台になったが、今回は物語の前半3分の1が大阪であるため、標準語の東京刑事と大阪弁の地元刑事とのコンビネーション、東京とは異なる大阪の風景や風俗がじっくりと描写される。

とりわけ素晴しいのは事件の本筋とは直接関係のない部分である。犯人の足どりを追って名古屋の干拓地に刑事が訪れると、犯人の生家は伊勢湾台風(1959年9月)の被害の爪痕がまだ生々しく広がっており、あたり田畑は一面水に浸かっている様子が見渡せる。土地の刑事(石島房太郎)は、複数の行政がそれぞれ予算を奪い合って別々に堤防工事をしたため、仕上げの強度がまちまちで手抜き工事があったことから台風の豪雨で堤防が決壊したことを語る。つまりこれは人災だと暗に言っているのだ。貧農の家に育った犯人は家族を救うために金が必要だった。彼はまた胸を患っていたことも示される。事件の裏側に浮上する犯罪の性格と哀しい犯人像がこうしたちょっとした描写やセリフで見事に暗示される。

また、刑事たちがホシを追って、そのアパートに行くと、「貸間」の札が下がっていて、すでに遅かったところ。堀雄二が事情を聞こうと声をかける隣室の顔色の悪いおかみ(菅井きん)は、内職で仕上げたサンダルを納品するために荷車に積み込んでいるところで、サンダルの糊づけにベンゾールが入っていて中毒になっていると話す件など、裕福ではない当時の貧しい庶民の生活が浮き彫りになっていて、実に生々しく迫ってくる。あるいは九州炭鉱出身だというレビューガールの情婦(小宮光江)の実在感。アクチャリティとかリアルとかの言葉はこういうときに使いたい。

さらに、サブストーリーとして捜査第二課が追う官僚の汚職の話がでてくるが、これがやがて本筋と合流して、伏線として回収されていく構成も見事といわねばならない。

犯人を追いつめて、深夜便に刑事たちが乗り込むクライマックス部は、サスペンスの糸をじょじょに張りつめていく中で、このシリーズを順に見ていた観客をミスリードする仕掛けがあって、あっと思わせてから犯人逮捕になる。遊び心あるキャスティングに一杯喰わされてもニンマリしてしまうのである。