『座頭市物語』
シリーズ第1作『座頭市物語』の監督・三隅研次は、大映京都撮影所では作品に使う小道具や衣装にうるさかったことから、“小溝口”のあだながあったという。省略を生かした巧みなカッティングや端正な演出の中にも、自らの複雑な生い立ちやシベリア抑留を経験したという陰翳が作品の深みとして現れるという監督で、とくに同じように複雑な生い立ちだった市川雷蔵とのコンビ作では、秀作が多い。座頭市シリーズでも第1作にある人生の裏街道を歩く盲目のやくざが友を斬る悲しみが格調高い演出で描かれる。
撮影は三隅との名コンビである牧浦地志(ちかし)。端正な中に、急速に対象に接近するトラッキングを効果的に使ったメリハリのあるキャメラワークを使用してずいぶん野心的である。市がソラリゼーションの画面の中、丸太橋を這いずって渡るタイトルバックは、多くの人に強い印象を与えた。
牧浦は、本作について「一般的に、主人公の動きが自由で激しく、場面転換を多く求められる場合、画面は平面的(フラット)になりやすい。だが、座頭市のように、盲のヒーローという特殊なものは、その動きが制限され、固定したシーンが多くなるため、陰影の深い画調に仕上げるムード作りが、何よりも大切であった」と述べている。
ちなみに、シリーズ初のカラーになった第3作『新・座頭市物語』(63年、田中徳三監督)では、牧浦は京都医科大学に盲人の色感を取材し、「盲人の先天性全盲と後天性のそれとに分け、前者の色彩感覚の基調となすものをグレーとすると、後者は、失明以前に目にし、強烈な記憶として網膜に焼きつけられている赤色である」とし、「座頭市の第一作はモノクロだったので、グレーを基調とし、初めてのカラーとなった第三作では、市の内面に起こる心理の葛藤や感情の起伏を、赤の濃淡、明暗、変化によって描きたいと野心を燃やしたが、それは、まだ十分に果たし得なかった」と反省しているが、結局、赤フィルターを使った市の回想場面は本篇からは削除された。
三隅とのコンビ作の多い内藤昭によれば、大映時代劇の美術は日活時代劇のリアリズムの流れを引き継いでおり、セットはリアルで重厚で実在感のあるのが特徴。『座頭市物語』では、それは飯岡の助五郎の屋敷に生かされており、溝口健二監督・水谷浩美術の『近松物語』(54年)の影響が大きいという。クライマックスの飯岡の助五郎と笹川の繁造の喧嘩場面は、大映京都撮影所の第三オープンに野外セットが組まれ、座頭市と平手造酒が対決する橋がかかる川は、大映の70ミリ第1作『釈迦』(61年、三隅研次監督)で地割れの場面を撮るために掘られたお堀を再利用して作られた。
音楽の伊福部昭は、舞台で按摩が登場する場面の音楽はムーチンという中国木琴が使われるのが一般的であることをヒントにして、ボレロの繰り返しリズムを基調にし、ムーチンの代わりに、琵琶を取り入れ、和太鼓が重々しいリズムを刻んだ、男性的な楽曲を提供した。この主旋律は、以降の「座頭市」シリーズ全26作中、伊福部が11本を担当した作品でも繰り返し使用される。本作の市とおたねが会話する月夜の場面でも、端正な画面の中に情感を盛り込むのが得意な三隅演出とあいまって、伊福部の音楽がすこぶる効果を上げている。
このあとも伊福部は、シリーズ第8作『座頭市血笑旅』(64年、三隅研次監督)では、静岡地方で実際に歌われていたという子守唄を採集して挿入歌として使用。同作を気に入った勝新太郎は、「座頭市喧嘩囃子(ばやし)」(1965年大阪・新歌舞伎座/1972年東京・明治座)として舞台化し、主演とともに自ら演出(本名の奥村利夫名義・猿若清方共同)するが、そのときもこの伊福部が採集した子守歌を使用している。
キャスティングも絶品。好調の波に乗る勝新太郎は、人間くさい陰翳のある座頭市像をシリーズ第1作『座頭市物語』で好演し、スター街道を驀進することになる。最後の方で飯岡の助五郎に啖呵を切る場面では、目にコンタクトレンズを入れて、盲人のやくざの凄みを出した。さらに、シリーズ第4作『座頭市喧嘩旅』(年、田中徳三監督)からは、友を斬り(第1作)、兄を斬り(第2作)、師を斬らざるを得ない(第3作)市の宿命的な暗さは払拭され、ユーモラスで陽気な面が前面に押し出され、座頭市像は完全に完成した。
このほか、『座頭市物語』が新東宝から大映に移籍した第1作目になる天知茂は、三隅とは終生親友であった仲。映画史に数ある平手造酒の中でも図抜けてすばらしい平手造酒像を作り上げた。おたね役の万里昌代も天知と同様、新東宝からの移籍組。移籍第1作は、三隅の前作『婦系図』(62年)のお蔦役で、グラマーなヴァンプ役が多かった新東宝時代とは正反対の役を見事にこなし、以降、三隅お気に入りの女優として、本作に出演後は、『斬る』(62年)でも好演した。このように、市のライバルになる凄腕の剣豪、ヒロイン、さらに悪代官という人物配置も、シリーズのパターンを作っていく。
『座頭市物語』では、当初市が平手を斬ったあと、市にもたれかかる平手のやがて停止する心臓の音が市のアップにカブって入っていたという。だが、試写を見た上層部の意見で心臓の音は外されることになった。また脚本では、ラストに街道で待つおたねが市と一緒に去っていくところで終わっているが、三隅が現行版に改変した。続篇を意識したというよりも、これによって裏街道を生きる座頭市の孤独がより際立ち、秀逸なラストシーンになったというべきだろう。
『座頭市物語』は、大方の予想を裏切って、批評・興行ともに好調で、急遽続篇が作られることになり、その後続く日本映画史上最もユニークなヒーローが活躍する長寿シリーズの開幕を告げることになった。
(つづく)