映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦   第57回 2013年、熱波の夏を振り返る
三保敬太郎のジャズが聴かれる『危険な女』
今回は小ネタの集積みたいになっているので、ついでにもう一つ、意外な発見ネタをここで紹介しておく。
この三月、神保町シアターで『危険な女』(監督:若杉光夫、59)という日活のSP(シスター・ピクチャー。低予算中編映画のこと)を特集「松本清張と美しき女優たち」で見た。主演が渡辺美佐子と芦田伸介ということだけでもとても珍しい一本で、中身も充実している。小説家芦田の担当女性編集者高友子のオードリー・ヘップバーン的スタイリングが超キュートで、もうどうしてくれる、という感じ。短篇「地方紙を買う女」が原作のミステリーだが、原作小説はとても映像メディアでの受けが良かったらしくこれ以外にもドラマ化されている。有名なのは「恐怖劇場アンバランス」の一篇としてだろう。
ただし本稿的に問題なのは中身じゃなくもちろん音楽で、三保敬太郎の素晴らしいハードバップ系のジャズが聴かれるのだ。それがどうしたと言われるであろうが、後で調べたところ公式資料(プレスに由来すると考えられる)には、音楽を林光が担当したことになっている。清張原作ミステリーの映画化では監督鈴木清順の『影なき声』(58)が音楽林光で日活作品だった。しかし本作ではちゃんと画面のクレジットが三保であり、どういう間違いでこうなったのか分からない。プレスが書かれた時点では清張つながりで林が担当する予定だったのか。それで急遽降りたとか。いずれにせよ日活側のフィルモグラフィではこうした手違いで三保担当作品に本作が含まれていない。ここで改めて本作を正しいところに置く、と。
日本版IMDbによれば三保の映画音楽デビューは『拳銃0号』(監督:山崎徳次郎、59)でこれは山崎監督の長編第一作(デビュー作はその前のSP)。山崎はこの年、SP『事件記者』を監督し好評を博したようで、以後この数年にわたって続くシリーズはもっぱら彼の担当となる。音楽もまた全て三保。詳しく見ると『危険な女』はシリーズの『深夜の目撃者』(59)と『時限爆弾』(60)の間にはさまる位置、1959年12月16日封切りだ。残念ながら私はこのシリーズを一本も見ておらずどんな音楽が使われたか全く分からない。テーマ曲とかは当然使いまわしだろうが、ジャズ映画的な側面でどうなのか。まあこれは今後の宿題にしておく。59年には東宝の『アイ・ラブ・ユー』(監督:古澤憲吾)も三保が担当で、これも見ていない。
この時代の作品では新東宝の『女と命をかけてブッ飛ばせ』(監督:曲谷守平、60)はついに見られた。ちゃんとしたジャズだった。ただ作品的にショボくて、印象は薄い。クライマックスのボートレースが上手く物語とかみ合っておらず、音楽的にも盛り上がらない。最初からボートレースありきで通った企画だと思うのだが。同じく60年、同監督同撮影所で『女獣』も担当。こっちは作品としても素晴らしい。潜入捜査物で女囚物。社会派的な女囚映画はそれまでにもあったが、「エロで女闘美(メトミ)アクションでバイオレンス」という私たちが見たいタイプの女囚映画のはしりじゃないかと思うのだ。ジャズ的にも文句なし。説明描写的なジャズじゃなく、この時期に三保がジャズマンとして演奏したいタイプのジャズをやっているのが分かる。本連載では第23回でこのあたりのタイトルは挙げておいた。というわけで『危険な女』に戻ると、これがやはり『女獣』のように自分本位の音楽を貫いていて素晴らしい。
この時代の日本における映画ジャズのキーポイントはヴァイブラフォンの使用にある。そのルーツがフランス映画『大運河』“Sait-on Jamais”(監督:ロジェ・ヴァディム、57)のサントラ音源として制作された「たそがれのヴェニス」“No Sun in Venice”(Atlantic)にあるのは言うまでもない。日本発売は58年。ヴァイブはミルト・ジャクソン。MJQのメンバーとして演奏したものだが、面白いのは『危険な女』だと、同じくヴァイブラフォンの音色を強調していてもMJQっぽくはなく、むしろ「プレンティ・プレンティ・ソウル」“Plenty, Plenty Soul”(Atlantic)とかの雰囲気を出しているところだ。このアルバムでのヴァイブもミルトだが、違いがどこから来るかと言うとアレンジャーがMJQのジョン・ルイスではなくクインシー・ジョーンズだということ。編成が大きくなって、よりソウルフルなジャズになっている。録音は57年のようだが日本発売はいつだろう。
念のために記しておくと、別にこれは三保がこうしたジャズ・アルバムを盗んだとか引用したということではない。楽器編成と音楽的コンセプトがそっち方面というかそういう傾向だということ。で、ヴァイブラフォンつながりでもう一つ書くと『危険な女』の次の日活系封切り作品『東芝レコード「黒い落ち葉」より 青春を吹き鳴らせ』(監督:舛田利雄、59)の音楽が中村八大の担当でこれまたジャズ。しっかりヴァイブの音も聴こえたのであった。もっとも「黒い花びら」の大ヒットを受けての企画だから歌謡曲テイストもたっぷり。ここにペギー葉山がジャズ歌手として出演し、名曲「爪」を歌っているのも聴き逃せない。となれば当然ヴァイブ演奏は作曲者平岡精二であろうと容易に想像がつく。
既に第23回にも記しておいたが60年初頭には黛敏郎『女が階段を上る時』(監督:成瀬巳喜男)、中村八大『彼女だけが知っている』(監督:高橋治)と、共にMJQテイストの注目すべき映画音楽が続けて発表されている。『大運河』の日本公開が59年6月、またジョン・ルイス音楽による『拳銃の報酬』(監督:ロバート・ワイズ、59)の日本公開が60年2月であることを考えれば、どうやら日本映画のジャズはそこの半年くらいをかけ、ミルトのヴァイブを仲介にして当時の最も新しいジャズを学習していったのだ。

それにしてもこの夏は暑かった。こういう時に限ってエアコンというのは壊れるもので、テレビを見ながら死ぬ気で原稿を書いていたらわざわざNHKが画面の別枠で「只今船橋市38.8度」とテロップを流してくれやがった。さすがにサウナ以外では体感したことのない温度である。あっけにとられ、死ぬ気で書くとは言いながらホントに死んではシャレにならないので、この時は図書館へ逃げたり、もちろん或る時は劇場へ逃げたりして何とか乗り切ったが、そんな中でもラピュタ阿佐ヶ谷の「漢・佐藤允!BANG!BANG!BANG!」特集が熱かったですね。17本しか見られなかったので偉そうなことも書けないものの、映画ジャズ的視点からは『青い夜霧の挑戦状』(監督:古澤憲吾、61)と『吼えろ!脱獄囚』(監督:福田純、62)という双子みたいな二本を見られたのは収穫だった。
双子みたい、というのは製作田中友幸、三輪禮二が共通するだけでなく現場スタッフ(撮影:内海正治、美術:北辰雄、音楽:広瀬健次郎、他)とキャスト(佐藤、夏木陽介、水野久美、星由里子、北あけみ、田崎潤、中丸忠雄、南道郎、他)がもろかぶりなのである。クラブ興行の世界が舞台というのも共通し(脚本家が違うから話は全然違うが)、そうした同じ土壌における監督の個性というか好みの違いとかを楽しめた。それでジャズの件だが後者のクラブのステージがゴージャス。歌手の先輩後輩としてフィーチャーされる水野久美、星由里子の唄と踊りが素晴らしい。わざわざ二人分それぞれに持ち歌(映画用のオリジナルだろう)を披露する念入りさがいいのだ。別にジャズのスタンダードとかじゃなく歌謡曲テイストとはいえ、バックダンサー含めての振り付けも華やかで、こういう場面がもっとあっても良かったな、とは言っても75分の映画だからこれくらいでとどめておくからいいのだろうし。今ちょっとステージ演出が誰の担当か分からないのだが、面白いことに福田純監督はステージで起きる男同士の乱闘まで群舞っぽく扱って最高に効果的。当然男たちはダンサーなのだと思う。
それとここで最後に中川三姉妹の話に戻るのだが、『踊る摩天楼』でドラムを叩いていたカトンボみたいな小学生中川元子ちゃんが中川ゆきと名前を改めて、今回の佐藤允特集で『蟻地獄作戦』(監督:坪島孝、64)では少年兵に変装した美少女、『血とダイヤモンド』(監督:福田純、64)では医師志村喬の娘の女子大生として、成長した姿を見せてくれていた。あのガリガリちゃんがよくぞこんなに色っぽく、と思わず感慨に浸った次第。