日活映画とジャズ、その戦前戦後
全くの偶然ではあるが、松竹系の劇場で『踊る摩天楼』が封切られた1956年12月28日から一週間後、つまり1957年年明け最初の週の日活系劇場で公開されたミュージカル映画『お転婆三人姉妹 踊る太陽』(監督:井上梅次)が、ラピュタに『踊る摩天楼』がかかったのとほとんど同時期に突然DVDでリリースされた。どういう経緯で本作が出ることになったのかは知らないが、井上梅次監督のジャズ映画に興味を持つ者には余りに嬉しい驚きであった。本連載の
第40回でタイトルだけは挙げているのだがもちろん中身の方は見ていなかったわけだから。中身に関して今回はまだ触れるつもりはないものの、メジャー・スタジオを代表する二社がほとんど同時にジャズ・テイストの(と言ってもこの場合のジャズとはかなり大ざっぱなくくりのジャズ)ミュージカル映画を発表していた時代があるというのはそれだけで記述する意味はあろう。
その挿入歌「三人姉妹マンボ」を歌っている歌手三人というのが「お転婆三人姉妹」、長女ペギー葉山、次女芦川いづみ、三女浅丘ルリ子さんである。ペギーは前年、新東宝の『人情馬鹿』(監督:清水宏、55)の冒頭で「ドナウ河のさざ波」のジャズ版をルース・エティング風になのか色っぽく歌っていたのとはちょっと異なり、清潔な女子大生のジャズ歌手役で後年の我々がなじんでいる雰囲気を出している。そういうキャラクターの、これが始まりなのかな。大ヒット「南国土佐を後にして」に先駆けること二年。芦川は松竹歌劇団(SKD)出身で川島雄三監督が映画界にひっぱってきた逸材(川島と共に松竹から日活に移籍)だからこういう素材に相性が悪かろうはずがない。浅丘は児童映画『緑はるかに』(監督:井上梅次、55)の主演デビュー(この時の役名が芸名になった)からでも二年、『銀座二十四帖』(監督:川島雄三、56)の花売り娘ルリちゃんからでも一年ちょっとで子役から娘役になったばかり。豊富な声量はもちろん、キュートなメガネっこキャラが実にハマっていて驚かされる。この姉妹が織りなす日常的なミュージカル場面が今見ると新鮮だが、やはり企画の眼目は舞台的なレビュー・シーンだろう。フランキー堺、石原裕次郎、岡田真澄、津川雅彦(この四人はクレジット場面から特別扱いで登場する)エトセトラ。そちら方面もキャストはゲスト含め万全だ。
唯一の問題は、これは言っても仕方ないことなのだが、封切り時のコニカラー・プリントが既に失われていてモノクロ版でのDVD化なのである。今、封切り時と同じコニカラー・システムで見られるのは『緑はるかに』だけではないかな。つくづく惜しいものの、そうしたハンディを承知であえて商品化してくれた日活株式会社には感謝感激である。この映画封切りの次の週は鈴木清順(当時は清太郎)監督『浮草の宿』が公開されたことに資料上ではなっているのだが、日活の主力劇場では清太郎作品の替わりに、引き続きこちらのミュージカルをそれも丸の内日活では幕間にビクター専属歌手陣(葉山良二含む)の歌謡ショーつきでやっていたことが分かっている。清順さんには悪いがタイムマシンでこの時代に戻れたら、私だって取るものもとりあえず日活丸の内に駆け付けるであろう。
さて日活は様々な紆余曲折を経て2012年に創業百周年を迎えた。それを記念して五枚組CDボックス「日活100年101映画〜娯楽映画の黄金時代〜」(テイチク)が発売されている。このアイテムに関して全篇じっくり今回のコラムで取り上げる根拠はないが、ただしその一枚目即ち「戦前篇1933年~1941年」を特記するのはテーマ上から悪くない。ここで主流となる音楽がジャズなのである。佐藤利明によるライナーノーツを引用する。
このDISC1には、1930年代から40年代にかけて、日活が送り出した現代劇、モダン喜劇、名作時代劇、そして時代劇オペレッタの傑作として今なお人気の高い『鴛鴦歌合戦』(1939年)など、多彩な作品の主題歌、挿入歌、イメージソングを収録。ほとんどがSP音源からの復刻となる。フィルムが失われてしまった作品も多い。楽曲から戦前のモダンな空気、映画のリベラルな雰囲気を味わって頂きたい。
大ざっぱに捉えれば「モダンな空気」「リベラルな雰囲気」というのを音楽的に言いかえれば「ジャズ」なわけで、孤独な試みに終わった『鋪道の囁き』を同時代的にフォローするのがこのディスクになる。冒頭の「唄は縺れる」からして「1936年のハリウッド映画『粋な紐育っ子』の主題歌“The Music Goes Round and Round”のカヴァー」であり、歌う島耕二は当時の二枚目スター。そしてここでは、演奏する日活アクターズバンドのバンドリーダーでもある。人気絶頂期に、収入ではがくっと落ちる映画監督に転向し特に戦後多くの傑作を撮ったことで知られる。現在でも見られる彼の作品からは戦前のハリウッド喜劇への敬意が感じられるものが多い。映画監督としてのモチベーションがそこにあるに違いない、とはずっと感じていたことだが、この一曲には参った。特定の映画の主題歌というわけではなくて、彼を筆頭にメンバー、俳優山本禮三郎、中田弘二、杉狂二をフィーチャーしたノベルティソングである。日活アクターズバンドについては毛利眞人の著書「ニッポン・スウィングタイム」(講談社)に詳しい。
その他に今、若い世代に圧倒的な人気のオペレッタ・ムーヴィー『鴛鴦歌合戦』(監督:マキノ正博、39)から五曲というのも嬉しい。オペレッタ構成・作詞島田磬也、音楽指導・作・編曲大久保徳二郎。後半三曲はサントラ収録だからDVDと同一バージョンだが、前半二曲即ち主題歌「鴛鴦歌合戦」と「この世の花園」は当時発売されたレコードからの音源収録で、音質が格段に良好。DVD版と聴き比べても面白い。本作は志村喬の歌声が聴けるというのも今の映画ファンから人気を集めた原因の一つだが、その美声が聴かれる「さ~てさてさてこの茶碗」もちゃんと収められているのでご安心ください。本作が話題に上る時カップリングのようにして取り上げられることの多い、マキノ正博監督もう一本のオペレッタ・ムーヴィー『弥次喜多道中記』(38)主題歌も、また監督山中貞雄によるコメディ時代劇の傑作『丹下左膳余話百万両の壷』(35)テーマ曲インストもサントラで収録。ついでに書けば『緑はるかに』からも二曲、こちらはDISC2で聴くことが出来る。