縦ピアノ、横ピアノ
山下と八木の対話は、モンクのメソードの基盤にデューク・エリントンがあるという八木の指摘から熱を帯びる。「(八木)それの表現の仕方が、非常に打楽器的な弾き方だとか、シンプルだとかはあるけれど、あのメソードはエリントンだし、デューク・エリントンもすごく偉大だし素敵だと思うけど、すでにジョージ・ガーシュインがやってたなと思うと、段々つまらなくなっちゃうんだよね。」(略)「(山下)ガーシュインをエリントン、モンクというふうにメチャクチャにしてったという(笑)。」(略)「(山下)ピアノには二つ流れがあるって考えちゃうんですよ。華麗に横に流れていく水平ピアノと、ゴツンゴツンと叩いていく垂直ピアノ。ミンガスもピアノを弾くと垂直になるし、モンクもそうだし。マル・ウォルドロンも垂直でしょう。(略)セシル・テーラーは音メチャクチャ沢山使うけど本質は縦のようだし。横というのはバド・パウエルが最初。」「(八木)アート・テイタム。」「(山下)あれも、左手は縦にきざんでいくような。一番極端なのはビル・エヴァンスですね。それからマッコイ・タイナーと来るんです。(略)ハービー・ハンコックもフォービートやってた頃は横ですよね。」(略)「(八木)モンクの縦のあり方は、他の縦とはすごく違うでしょう。あの人だけリズム感覚が違うみたいなのね。」
必要以上に解りやすい議論であるが、単純に「縦(垂直)と横(水平)が対立する」と捉えてしまうとかえって誤ってしまう。つまりモダン・ジャズ・ピアノの本流と言うべきなのがアート・テイタムを咀嚼したバド・パウエルからビル・エヴァンス、マッコイ・タイナー、ハービー・ハンコックへと連なる奏法であり、それは演奏する右手と左手が調和する音楽と言える。メロディーとハーモニーが互いに主であり従であるようなジャズ。ところがモンク的なジャズはこの調和を崩す方向で音楽を組織する。リズム重視、打楽器的なピアノ。で、これは本流ではないと言いながらもエリントン(バンド・リーダー)がピアノを弾けばそうなるし、チャールズ・ミンガス(ベース)がピアノを弾くとやはりそうなる。「バグス・グルーヴ」時代のマイルスも典型的な「横」派(ピアニストではないが)であって、流れをせき止めるような「縦」派モンクの伴奏を嫌がったというのも道理だろう。音楽が時間的体験である以上「水平性」の優位は揺るがないが、それを遮る「垂直性」あってこそ、ジャズは活きる。そういう風に私はこの対話を理解した。
デューク・エリントン「マネー・ジャングル」
山下洋輔&マル・ウォルドロン「ピアノ・デュオ・ライブ」
セシル・テーラー・トリオ・アンド・クインテット「ラヴ・フォー・セイル」
ここで名前が挙がったジャズメンのキーになるアルバムをいくらか紹介しておくと、まず「マネー・ジャングル/デューク・エリントン」“Money Jungle”(UA)、これはエリントンがミンガスとマックス・ローチ(ドラムス)を従えたピアノ・トリオ。モンクに通じる打楽器的なピアノの魅力をよく捉えている。そのモンクには「プレイズ・デューク・エリントン/セロニアス・モンク」“Plays Duke Ellington”(Riverside)がある。リヴァーサイド・レーベルのオーナー兼プロデューサー、オリン・キープニューズによれば一般的な人気に欠けるモンクをレーベルに迎えるに当たって、ポピュラーな楽曲を弾かせたいという思惑から練り込んだコンセプトが「エリントン曲集」であった。ピアニストとしての両者は似ていると述べたが、作曲家としての認知度はけた違いであり、たとえモンクが自由に弾いてもエリントン・ナンバーならば誰にでも判るという意味だろう。
また、自身アマチュア・アレンジャーでもあるジャズ評論家(兼医師)加藤総夫は「この中の『ソリチュード』のピアノの語法と、(略)『マネー・ジャングル』の中で、エリントンが自ら弾いている『ソリチュード』のピアノとを比較してみて欲しい。その本質的な類似性に驚くに違いない」と書いている。「モンクのエリントンに対するまじめな愛情と、研究の成果が窺い知られるアルバムだ」(「ジャズ・ストレート・アヘッド」講談社刊)。ミンガスがピアノを弾いたのは「ミンガス・プレイズ・ピアノ/チャールズ・ミンガス」“Mingus Plays Piano”(Impulse、ユニヴァーサル・ミュージック)で、彼がピアノを弾いたアルバムはそれ以前にもあるが全曲ソロピアノというコンセプトにより彼の「エリントン的ピアニスト」という側面がクローズアップされている。マル・ウォルドロンは来日した際に山下洋輔と「ピアノ・デュオ・ライブ/山下洋輔&マル・ウォルドロン」(ソニー)を残した。これは生粋の即興演奏デュオ。そのために両者がパーカッシヴな奏法で互いを鼓舞する側面も見られる。
そしてセシル・テーラー。彼は山下に最も大きい影響を与えたフリー・ジャズ・ピアニストで代表アルバムも様々あるが、ここではそうした側面を控えスタンダード・ナンバーにチャレンジした1959年録音「ラヴ・フォー・セイル/セシル・テーラー・トリオ・アンド・クインテット」“Love for Sale”(UA)を挙げておく。「縦」派は傍系と言いながらもジャズ・ジャイアンツの数名は間違いなく「縦」派であり、またこの議論は改めて継続する必要があるが、「パウエル派」が「横」派の典型だとしても本家バド・パウエルは結構「縦」っぽかったりするのではないか。
対話はさらに自分達のジャズに進む。「(山下)今我々が作ろうというテーマなんかでも、リズム的にはモンクが全部やったっていうような気さえしますね。」(略)「(八木)ところで山下洋輔は縦型なんですか横型なんですか?」「(山下)それが自分でもよく判らんのですよ。(略)でも今ですと、はっきり縦型を志向したいんです。」(略)「(八木)音楽って情緒的になればなるほど、横型になりやすいじゃないですか。情緒的なものは否定したいわけ?」「(山下)いや縦型でありつつ、それが出したい(笑)。(略)だからこれは、モンクのソロ・ピアノの域なんですよね。」(続く)