映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第52回 60年代日本映画からジャズを聴く その10 モンクを語る山下洋輔、八木正生
モンク・ショックと八木ピアノ
今回は八木正生が感銘を受けたアルバム「バグス・グルーヴ」“Bag’s Groove”(Prestige)におけるセロニアス・モンクによる同曲ソロを聴くことからスタートしよう。既に述べたようにこのセッションのリーダーはトランペッター、マイルス・デイヴィスで、バックを務めるのがMJQの四人。ただしここでのMJQは「モダン・ジャズ・クァルテット」の略称ではなく、同グループのピアニストがジョン・ルイスからモンクに替わった変則MJQ、いわば「ミルト・ジャクソン・クァルテット」になっているのがミソだった。八木の言葉をまず引用する。著書「気まぐれキーボード」(話の特集刊)から。

もう良くって良くって。良くってと言うよりはその新鮮で強烈な響きに圧倒されてしまって、しばらくは口もきけないほどだった。こんな音楽がこんなジャズがあるのかと思った。それまでチャーリー・パーカーやバド・パウエルなどの流れるようなフレーズばかり追いかけていたのだけれど、同じビー・バップでも訥々と一音一音確かめるような弾き方や打楽器のような奏法、タイミングの取り方の違いなど全くユニークで、完全に心を奪われてしまった。

このアルバムは二つのセッション(複数メンバー参加の録音機会の一まとまりのこと。ここでは1954年6月29日と同年12月24日)から数曲づつ抜き出して構成されたものなので全七曲中モンクのピアノが聴けるのは「バグス・グルーヴ」の二テイクのみである。「テイク」という言葉は同じ曲を演奏して録音された際の一回分を指す。この盤では「テイク1」と「テイク2」が続けて収録されており、多分二回演奏してどちらも出来が良かったためにその両方を入れたのだと思われる。

マイルス・デイヴィス「コンプリート・プレスティッジ・レコーディングス」
現在では、プレスティッジに吹きこんだ全てのマイルスの音源は「コンプリート・プレスティッジ・レコーディングス」“The Complete Prestige Recordings Miles Davis Chronicle”(Prestige)全八枚として聴けるようになっており、そちらでも同曲はこの二回分しかない。このセッションは全六テイク(正確には四曲で六テイク)しか録音されておらず、現在ではいずれもジャズ史に残る名演奏として知られるものだ。同ボックスには評論家ダン・モーガンステーンがセッションごとの解説を加えており、とても役に立つのでこちらからも少しだけ引用しておこう。

ジャイアンツ同士のこのクリスマス・イヴの集いは、モダン・ジャズのいま一つの記念碑的事件である。ここに収められている通り、別テイクも含めてセッションの行われた順に聴いていくと、これは即興芸術の大学院ゼミにもなりうる。この日のセッションについては、マイルスとモンクの間に生じたとされる緊迫状態ばかりがやたら重大視されてきた感がないでもない。これら二人の強烈な個性の持主の、気性や音楽的なアプローチの違いを思えば、実際には何もかも驚くほどうまく行った。(略)どんな張り詰めた空気がその場を流れようと、それが結果的に極上の演奏を生み出したのであった。(略)これらの音楽については沢山書くことがある(実際書かれてきた)。だが、ここでは次に挙げるものだけ指摘すれば充分だろう。「バグス・グルーヴ」のファースト・テイクのマイルスの見事に組み立てられたソロ。同じく圧倒的なモンクのソロ。(アンドレ・オデールは、彼がファースト・コーラスでCとFを何度か続けて弾いた後にFシャープを持ってきたことの効果について“ジャズの歴史において最も混じりけのない美の瞬間の一つ”と絶賛した)。(訳:小山さち子)

実は私はジャズの音楽的な側面は全くわからずにこの四十年近く聴いており、そういう次第でこの引用の最後の部分は意味がわからない。各自研究してください。
どちらのテイクもソロの順序は同じで、マイルス、ミルト・ジャクソン(ヴァイブラフォン)に続いてモンク。全員、それぞれのソロでテイクごとにニュアンスを変えていて演奏時間もかなり異なる(テイク1は11分13秒、テイク2は9分22秒)。モンクについて述べると、テイク1で前半じっくりと単音(右手の指一本で演奏)中心で構成するあたりから後半への移り変わりが斬新だ。ひょっとしたら単音ソロは意図的にジョン・ルイス風を狙ったのか。前回記したようにこの曲のモンクはマイルスのバックで伴奏していないが、ミルトのヴァイブ演奏にはちゃんと音を入れている。確かに独特のバッキングで、マイルスが嫌がるのもある意味で解る。コン、コン、と一音ごとまばらに音符を置いていくような感じで、聴きようによっては、ミルトはモンクの伴奏をあまり気にしないで勝手にマレットを叩いているかのようでもある。もちろんモンクがミルトを無視していると書いてもよい。実際にはそういうわけではないのだと思うが、ただ、素人の耳には両者のスピード感覚がズレているように聴こえるということ。それでモンクのソロの話に戻ると、後半に至り自分の右手に左手でコン、コン、と伴奏し始めると今度はモンク自身の中で左右の音がズレている(ように聴こえる)。このたどたどしさ(ホントはたどたどしいわけじゃないのだろうが)こそが「モンクス・ミュージック」なのである。ちなみにそういうタイトルのアルバムはある(ジャケットがとんでもないことで有名)。テイク2ではソロの最初からスムーズに両手を使っており、こっちの方が饒舌。私のような素人にはわかりやすい作りだ。
八木がショックを受けた演奏とはこうしたものであった。