映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第47回 60年代日本映画からジャズを聴く   その8 追悼若松孝二、そして八木のCM音楽の現代性
若者と労働と白い朝
前回、短編映画『白い朝』(監督勅使河原宏、64)は映像ソフト(DVD)としてはリリースされていないと書いてしまったが、その後、当コラム前回の中でパッケージが紹介されている「勅使河原宏DVDコレクション」の特典映像ディスクにちゃんと収録されていることが判明した。この情報を教えていただいた上に問題の盤まで貸してくれたK全Kさんに感謝する。他に『ホゼ・トーレス』(59)等の珍しい短編も見られる。こちらはジャズというかブルース音階(ブルー・ノート)を駆使した音楽が傑作で、坂本龍一の編集によるコンピレーションCD(&テクスト)シリーズ「schola(スコラ)」の最新第十巻「映画音楽」(commons:schola Series vol.10 Film Music)には日本映画で唯一取り上げられている。いずれ武満徹のジャズ映画音楽というテーマにおいて取り上げることになるだろうが、今回は八木正生の側からのみ見ていく。即ち『白い朝』でジャズ・ピアノを演奏しているのが八木であった。「武満徹全集③」(新潮社)の同映画解説から引用する。

映画は休日のドライブを楽しむ主役の若者たちの姿を追う一方、ドライブに至るまでのパン工場での日々の様子が挿入されていく。その上に、若者たちの生の言葉や街のノイズなどをミックスしたミュージック・コンクレートがコラージュされていく。いわば本作は映像のコンクレート作品である。撮影は写真家の石元泰博、フィルム・モンタージュはグラフィック・デザイナーの粟津潔、録音は奥山重之助が担当。武満徹の音楽は、ピアノを主体にした最小限の編成で構成されたもの。

付け加えるなら映画のテーマは「若者と労働」で、女子寮で寝起きする少女達が、その一人のボーイフレンドを仲介に数名の友人達と楽しむ徹夜のグループ・デート(不純異性交遊ではない)を物語の中心にしている。ドイツ映画『日曜日の人々』(監督エドガー・G・ウルマー&ロバート・シオドマク、29)に連なる「労働者の休日」映画とでも言えば良いか。主演は小澤征悦のお母さん入江美樹。「静謐な主題を奏でるピアノは八木正生によ」る。「時にモノローグ的に、時にはジャズ風に奏されるテーマ曲が、16歳の主人公の儚げな心象風景を描写している。」武満全集盤に収録されているのは奥山所蔵によるオリジナル音楽テープからのもので、「あらかじめ録音した音楽」へ「フィルムへのダビング用にさまざまな加工を施し」てある。全部で6テイクの音源。収録時間自体は短いが、完成したフィルムでは結局使われなかったものがシーン・ナンバーつきで記載されて、図らずも本来の構想がちゃんと分かるようになっている。

前回記したように、『白い朝』は本来海外セールス目的の短編企画ということもあってか、既述スタッフは皆、大手映画会社の技術者ではない。監督勅使河原宏、脚本安部公房にしてももちろんそうで、要するにこれは勅使河原が拠点とした草月アートセンター系人脈で製作された自主映画。録音技師奥山は草月会館の職員であった。手法的にも「若者の生の言葉を中心に録音された75時間ものテープ」から武満が最終的に「25分に編集する」というドキュメンタリー的なやり方が出発点である。奥山と武満の共同作業に関しては「武満徹を語る15の証言」(小学館)に詳しい。映画音楽的に総括すると本作は、武満の音楽監督の下に八木のジャズと奥山の録音(音響効果)が結集したということだ。そのため、ジャズとミュージック・コンクレートが合体した極めて希有な音源となっている。具体的には「ジャズテイスト溢れるアドリブ」に「曲中、ところどころにエコーがつけられているほか、トーン・ジェネレーターと呼ばれる、初期のミュージック・イコライザーによる処理」が施されたり、「テープ加工で作ったループ・リズムの中から、ピアノとベースによるテーマ曲が立ち上がってくる。さらに、銀座4丁目付近で採取されたという街ノイズが加えられている。硬質なリズムの作成には、サウンド・ブレイカーという音響加工のための機械が使用された」。
トーン・ジェネレーターの機能説明は奥山自身の言葉から引用することにしよう。

「(質問者)タッタ、タッタ、タッタという銀座通りの車の音や雑踏が変調されていたものですね」。「(奥山)それは、音というのはアタックがあってそれに響きがついているんですが、それをとってしまう。弦なら弦の音、打楽器なら打楽器の音といろいろな要素がありますね。それをいくつか設定できるようにして、その音が入ったものがくると二倍、三倍の音量にするとか逆に自分の持っていない音では何の反応もしない、つまり、自分の音で自分をさらに強調させる器械、これがトーン・ジェネレーターなんです」。「(質問者)今のコンピュータで作った音は確かに精度は高いのですが、なにか非常にメカニックですね。当時の音は同じ電気の変調で音を加工していても、アナログ的というか、とても人間味のある音になっているのが不思議ですね」。