映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第38回 アメリカ60年代インディペンデント映画とジャズ   その4 『アメリカの影』の映画史的位置その他
トニー、グレアム、そしてニック・レイ
さて『アメリカの影』のキャストで最も異色なのはレリアの最初の恋人、白人トニーを演じたトニー(アンソニー)・レイだろう。彼は監督ニコラス・レイの息子である。俳優としては他に『最前線』“Men in War”(監督アンソニー・マン、57)等に出演している。この映画の後、1960年に彼は結婚するのだが、その相手は何とニコラス・レイが昔結婚していた(53年に離婚)女優グロリア・グレアムであった。つまりかつての義母と夫婦になってしまったのだ。
グレアムはレイの最高傑作『孤独な場所で』“In a Lonely Place”(50)の主演者である。メロドラマではあるがノワーリッシュな色調が濃く、古典的というより真に現代的な映画。恋人ハンフリー・ボガートが無罪であるのを知りながら、にも関わらず彼に「サイコパス・キラー」の面影を発見してしまうという不条理な役どころを演じて代表作とした。この映画については桑野仁さんがウェブサイト「Talkin’シネマニア!」のコラムで取り上げているので参照して欲しい。一言で述べれば「夫婦で撮るような類の映画」ではないね。色々事情もあったのだ。正式に離婚するずい分以前からレイの夫婦仲は冷え切っていたらしいが、それでも決定的だったのは息子が義母と肉体的に関係を結んでしまった現場を見たことだった、というから尋常ではない。レイは離婚後、もう一本の代表作『理由なき反抗』“Rebel Without a Cause”(55)撮影中にナタリー・ウッドと出来てしまい、その現場をデニス・ホッパーに見つけられて修羅場となる。色々ある人だ。この頃はまだウッドが成人になっていなくて、つまりこの関係はれっきとした淫行だ。アメリカでも犯罪である。そのナタリー・ウッドが今度は晩年、70年代中盤、三角関係のもつれから洋上で謎の死を遂げるという事件もある。この件は最近むしかえされて、その真相が暴露される可能性も出て来た。世にスキャンダルの種は尽きまじ。
で、グレアムの方だがかつての義理の息子と結婚してしまったことでひんしゅくを買い、業界から干される。ずっと後に復活するものの全盛期はとっくに過ぎていた。美しい彼女を最後に見られるフィルムが『拳銃の報酬』“Odds against Tomorrow”(監督ロバート・ワイズ、60)であり、その音楽担当者がMJQのピアニスト、ジョン・ルイスであるという話題は本連載第四回で取り上げている。問題のトニーとグレアムのカップルは結局うまくいかず別れている。トニーの方はそれほどスキャンダルのダメージは受けなかったようで、製作者・第二班監督として順調にキャリアアップしていき、とりわけポール・マザースキーとのコンビで『不思議の国のアレックス』“Alex in Wonderland”(70)、『ハリーとトント』“Harry and Tonto”(74)、『グリニッチ・ビレッジの青春』“Next Stop, Greenwich Village”(79)、『結婚しない女』“Unmarried Woman”(78)等の成功作を残して、存命中である。