海外版DVDを見てみた 第28回 マルセル・レルビエのサイレント映画 Text by 吉田広明
『金』ポスター


『金』の、『人でなしの女』と似たようなセット

『金』証券取引所、極端な俯瞰

『金』グンデルマンの前室


『金』サッカールとその秘書役のアントナン・アルトー

『金』サンドルフ役のブリギッテ・ヘルム、豪華な衣装
『金』
『金』(28)はレルビエ最後のサイレント映画。原作がエミール・ゾラの同名小説(藤原書店のゾラ・セレクション七巻として邦訳有)。サッカールという男がユニヴェルセル銀行を設立、その株価を上げるため、小アジアに鉄道網を引きたいという技師の計画を宣伝に利用、違法行為を含む様々な手立てでバブル状態を生み出すが、宿敵の富豪グンデルマンと、寝返った愛人サンドルフ伯爵夫人の策略により遂に崩壊する、というもの。第二帝政期(十九世紀半ば)、十九世紀の首都と呼ばれたパリで高度に発達した資本主義の虚妄と、その反面のエネルギーを描き出した小説だが、レルビエはこれを同時代(1920年代)に、鉄道を大西洋横断飛行とフランスの植民地ギアナの石油採掘に置き換えている。それに従い、技師は飛行士に、また原作では技師の妹であった重要な登場人物が飛行士の妻に変更されている。

本作においても見どころは何といっても途方もないセット(加えてロケ)である(セット・デザインはラザール・メールスンとアンドレ・バルザック)。ユニヴェルセル銀行はあまりに巨大なので、セットの筈はない、ロケだろうと思っていたのだが、先述したジャン・ドレヴィルのメイキングを見ると、セットなのだった。そのセット全体がほとんどの場合俯瞰で捉えられて、人間がごく小さく見える。しかもカメラが宙を動く。メイキングで見ると、二メートル平方ほどの板の上に三脚に載ったカメラとカメラマンが乗り、四辺をロープで吊って、その板ごと動かしているのだが、バランスが少しでも崩れたら大惨事。上でどうロープを移動させているものやら見当がつかない。銀行のセットでは机が円形状に並べられているのだが、ロケで撮られた証券取引所にも、中央に円形のテーブルがあり、それが真上から捉えられている。しかしこれが、あまりに高所から撮られているので始めは何が映っているのかさえ分からない程なのだ。その周囲の黒い点が、人間だと分かるまでに些かの時間を要する。飛行士がいよいよ飛び立つというので、証券取引所にユニヴェルセル銀行株を買い求めに人が殺到するという場面では、回るプロペラと、そのテーブルの真上からの俯瞰がモンタージュされるのだが、そこではカメラがテーブルの上を上下すらする。メイキングを見ると、ケーブルにカメラを吊り下げてそれを上下させている。ガンスの『ナポレオン』の国会の場面で、ロープの先に吊り避けられたカメラがブランコ状に運動する場面を思い出させる。ちなみに撮影は『ナポレオン』と同じジュール・クルージェ。証券取引所に人が殺到するその場面は、取引所が休みで閉められる三日間、そこを借り切って行われ、エキストラ千五百人、十二台のカメラを動員したという。

大規模なセットやロケも凄いが、規模はそれほど大きくないものの印象的なセットが、冒頭近くで現れる、グンデルマンの執務室前室。グンデルマン(ドイツ人俳優アルフレート・アベル。フリッツ・ラングの『メトロポリス』出演)のもとにやって来た手下がそこで待たされるのだが、そこもまた円形、壁に世界地図が配されている。扉がなく、壁の一部が動いて開くようになっている。入って来た男を中心に据えたまま、カメラが円形に移動する、その動きが何度か繰り返される。レンズが魚眼なのか、カメラの動きと丸い壁の相互作用ゆえなのか、眩暈するような感覚がある。その後通された執務室でグンデルマンは、ペキニーズを抱きながら、別の男とチェスをしている。グンデルマンの屋敷は全て床がチェック柄になっていて、その後主人公サッカールが援助を申込みに屋敷にやってくるのだが、その床を歩くサッカールは、まるでグンデルマンのチェスの駒のように見える。グンデルマンは、あたかも神のごとく人間を操るわけである。

サッカール(演じるのはピエール・アルコヴェール、フランス人で舞台俳優)は原作でもそうだが、金銭欲と同時に性欲にも取り憑かれた人間として描かれている。といっても微温的で、しかもセックスそのものというよりはフェティシズム描写にとどまるが。飛行士(ヘンリー・ヴィクター、イギリス人)の妻リーヌ(メアリー・グローリー、イギリス人)をレストランで見かける際、テーブルの下に足が見えており、それを舐めるように眺める。飛行士の計画を聞きに、彼のアパルトマンを訪れた際も、敷物の破れをそっと直すリーヌの足を眺めている。こうしたリーヌを巡る場面以上にエロティックなのが、終わり近く、サンドルフ伯爵夫人(映画では男爵夫人になっている。演じているのは『メトロポリス』主演のブリギッテ・ヘルム。冷たい感じが役柄に似合っている)がサッカールにカジノで再会してあなたの失墜は近いと告げる場面で、憤ったサッカールがサンドルフに迫るのだが、サンドルフが座っているソファはほとんどベッドという方がふさわしく、横たわるサンドルフにサッカールがのしかかる姿はまるで性行為そのもの、というか有体に言ってレイプにしか見えない。激昂したサッカールが首を絞めると、サンドルフ夫人は胴体をクネクネさせる。しかもドレスがラメ状(全編通じてサンドルフのドレスは見もの。デザインはジャック・マニュエル)でそれも扇情的。その部屋の奥ではトランプ・ゲームに興じている一団がいて、屏風で仕切られているだけ。仰角で、二人の姿越しに天井が捉えられ、そこに彼らの影が映って蠢いている。生と死、欲望と絶望が渦巻く、本作随一の名場面。

アベル・ガンスが歴史上最も好きな人物を映画にしたいと『ナポレオン』を作った、というのを聞き、レルビエは、では自分は世の中で一番嫌いなものを描こうと、「金」を扱う映画を撮ろうと思ったと述べている。ゾラ自体はサッカールに対しネガティヴな評価をしているわけではなく、良くも悪くも欲望に取り憑かれたエネルギッシュな人物としてむしろ好意的にすら描いているが、セットの規模、カメラの動きなど、の方が目立って見えている本作では、サッカールの影が薄く見えるのは確かで、「金」が嫌いというレルビエの前提も、それに掉さしているかもしれない。レルビエ自身は、飛行士に自分を仮託していたようである。自分のやりたいことのために金を集めなければならず、金主が見つかったら見つかったで、食い物にされないよう抵抗し続けなければならない。本作はこれまで以上に予算規模も大きく、その分、製作のジャン・サペンヌ(ソシエテ・デ・シネロマン社長)の口出しも激しかったとされる。本作でレルビエは、製作者に対し、作家の意思を通すべく戦い続けたわけだが、レルビエはその生涯を通して闘士であり続けた。映画作家協会の書記長として、演出家の権利確立のために戦い、技術者たちの組合を作り、労働条件の改善のために戦った。映画学校を作ったことも前記した通り。ある意味誇大妄想狂であり、いかにも芸術家らしい芸術家であったガンスよりも、レルビエは、現実的で、政治的にもなりえた人物であったようだ。ガンスのように80年代に復活することもなく、サイレントの時期にその最盛期を終えてしまって、以後振り返られることのなかった作家であるが、その作品が現在ようやくDVDで見られるようになったわけでもあり、もっと再評価されても良いように思う。

さて、先ごろフランスで、本当に出るのか危ぶまれていたジャン・エプスタンの全集がやっと出た。名ばかり有名だが、実際の作品が一つ程度しか見られてこなかった作家の作品が一挙に全部見られることになった。フランス映画史のミッシング・リンクがようやく埋まったわけである。次回はこれを取り上げようと思う(たぶん一回では済まない)。

『エル・ドラドオ』El DoradoはフランスGaumontから、レルビエの手書きのシナリオの復刻が封入された版と、『海の男』L’homme du largeとの二枚組版が出ている。インタータイトルは仏語のみ。『生けるパスカル』Le feu Mathias Pascal(英語題はThe late Mathias Pascal)はアメリカFlicker Alleyからブルーレイ版で単品、DVD版ではアルバトロス製作、イワン・モジューヒン主演の四作品と共にBOXとして発売。英語字幕付き。『金』L’argentはフランスではCarlotta、イギリスではEurekaのMasters of cinemaシリーズから。共にジャン・ドレヴィルのメイキング、レルビエを巡るドキュメンタリー中編が付いている。