エリック役のイアン・ヘンドリー
『ゲット・カーター』のジョン・オズボーン
『反撥』のイアン・ヘンドリー
全裸で敵を撃退するカーター
『ゲット・カーター』その2
競馬場で見かけた男エリック(イアン・ヘンドリー)の態度に不審を抱き、彼をつけて、カーターは地元の大物ギャング=キニア(ジョン・オズボーン)の住居に辿りつく。そこは住居といっても館、あるいは城といってよいもので、カーターはあまり騒ぎ立てないよう警告を受ける。キニアは取り巻きとポーカーをしているのだが、落ち着き払って掛け金を上げ続け、相手を力で押し伏せるかのような、静かな威圧感が不気味だ。そこにはキニアの愛人らしき女グレンダ(ジェラルディン・モファット)もいる。
エリックを演じたイアン・ヘンドリーはロマン・ポランスキーがイギリスで撮った『反撥』(65)の、姉の愛人を演じていた俳優で、本作ではマイケル・ケイン以外の唯一の著名俳優であったが、アル中で、俳優としてのキャリアは落ち目にあった。このエリックが実は弟の死に大きく関与していることがその後分かるが、そのせいで始終どこかおどおどしており、また背後に地元の大物ギャングがいることから、その虎の威を借るところもあり、分裂した態度を示す。そうした屈折は、イアン・ヘンドリーの俳優としてのキャリアの現状と、六十年代を通して『国際諜報局』(65)のヒットや、「スィンギング。シックスティーズ」のプレイボーイ役を演じてアカデミー賞主演男優賞候補となった『アルフィー』(66)などで同じ頃にスターの地位を確立しながら、落ちぶれつつある自分と違って確実にキャリアを重ねてきたマイケル・ケインとの差からくる感情のバイアスによって絶妙に表現されることになる。また、地元の大物ギャング=キニアを演じるジョン・オズボーンは言わずと知れた、「アングリー・ヤング・メン」の言葉の元となった『怒りを込めて振り返れ』の劇作家。痩せて背が高く、貴族風のひげを生やしており、背が小さく、禿頭で小男だった原作のキニア像を一変させることになる。
カーターはホテルに帰り、ロンドンのボスの愛人に電話をかける。ボスがいないと知り、カーターは女に下着を脱ぐよう言う。そしてバストに手をやり、俺の手だと思って愛撫せよ、と命じる。まあ、テレフォン・セックスである。しかしその電話をカーターがかけているのは、ホテルの女主人の目の前であり、安楽椅子に腰かけ、無表情に椅子を揺らす女主人の反応を明らかにサディスティックに楽しみながら、なのである(とはいえ、ボスが帰ってきてしまって、テレフォン・セックスは中途半端に終わってしまうが)。カーターは、決して距離を踏み越えることなく、二人の女を同時に性的に手玉に取るわけだ。この場面にあるのは心理的なエロティシズムであり、あからさまに表現されないだけ隠微なものではあるとはいえ、女主人へのサディスムゆえに、あまりエロい感じがしない。この映画にはエロティックな場面がいくつかあるとはいえ、ノワール的な隠微さが薄い。他の場面。こうして欲情をそそっておいたカーターは女主人と寝ることにするが、翌朝もう一戦、とベッドをキコキコさせているところに、ロンドンのボスからカーターを迎えに(というか捜索を止めさせるために)二人の手下がやってくる。いきなりベッドのわきに立っている二人にカーターは驚いてベッドから落ちるのだが、しかしベッドの下に隠してあったショットガンを構え、彼らを玄関から追い出す。全裸でショットガンを構え、玄関から出てくるカーターを見て、牛乳を取りに出た隣の老婆が驚いて瓶を取り落とす。この間カーターは一切無表情(というかずっと無表情なのだが)なのもおかしい。この場面では、エロティシズムが滑稽さと裏腹で、やはりエロい感じが薄いのだ。
カーターは、キニアの所にいた女グレンダに企業家ブランビーという男を紹介されるが、ブランビーは弟を殺ったのはキニアだと言い、自分の商売の邪魔になるキニアを殺ってくれれば大金を払うという。この場面は、巨大立体駐車場の最上階の、まだ何もないだだっ広い空間で撮られ、画面奥の後ろ姿のブランビーに向かってカメラがズームしてゆく形で撮られている。その後カーターはグレンダの車に乗るが、グレンダのギアを動かす手、アクセルやブレーキを踏む足、太ももなどの切れ切れの映像に、グレンダとカーターが性交しているフラッシュ・フォワード映像がカットバックされる。スピードとセックスのカットバックが大げさというか紋切り型で、どこか滑稽味を帯びて感じられる。その後、グレンダの部屋にあった8ミリ・フィルムを何気なくかけてみた時に、事件の真相はあっけなく明らかになる。そこにはグレンダと、死んだ弟の娘(つまりカーターの姪)が出演するセックス場面が映し出されていた。姪はポルノ・フィルムに出演させられていたのだ。弟は、これを知って激怒し、ギャングに掛け合い、その末に殺されたのだ。グレンダから、キニアがポルノ・フィルムを作って流す大本であり、エリックが姪を出演させていたこと、エリックが弟に無理やり酒を飲ませたうえで車に乗せ、海に突っ込ませた事が分かる。カーターは、殴られてぐったりしたグレンダを車のトランクに入れて、映画に出て姪を犯していた知り合いを探しに出る。その後この車は、カーターを殺そうとして果たせなかったロンドンから来た男たちによって、腹いせに海に突き落とされることになるのだが、カーターは相変わらず無表情に、遠目からそれが沈んでゆく様を見ている。さっきまでセックスしていた女を車のトランクに放り込むこともさりながら、この形で死なせるという無残さ。