コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 鈴木英夫〈その16〉インタビュー:宝田明   Text by 木全公彦
今回は、『青い芽』(1956年)、『花の慕情』(1958年)、『その場所に女ありて』(1962年)、『旅愁の都』(1962年)、『やぶにらみニッポン』(1963年)、『暁の合唱』(1963年)、『3匹の狸』(1966年)の計7本の鈴木英夫作品に出演なさった宝田明さんにお話を聞いた。

宝田さんといえば、高身長と甘いルックスで東宝きっての二枚目俳優として、美人女優を相手にメロドラマやラブ・ロマンス映画に主演し、日本のみならず東アジアや南米でも絶大なる人気を誇った大スター。一方の鈴木英夫というと、そういったメロドラマを撮りはしたがどちらかいえば苦手だった監督。今回はその鈴木監督の苦手なジャンルについてもあれこれと聞いてみた。

佐原健二事件/『花の慕情』
――宝田さんは鈴木さんとは随分やられていますね。鈴木さんといえば役者しごきで有名ですけど、鈴木さんは具体的に演技指導とかされるんですか?

『社員無頼』
宝田ご自身が動いてやってみせるとか細かく指導するとかはないですね。どちらかというと、やらせてみて「違う、違う」と言うだけ。タバコをくわえてね。でも僕はあんまり絞られた覚えはありません。前の日しこたま飲んでもセリフが入っていないということはなかったし、まあ僕も若かったんでしょう。調子いいんだね、僕は。司(葉子)君は随分ダメ出しされていたけど、女優さんだから鈴木さんもニコニコしながらのダメ出しだった。いちばんやられたのは僕と同期(第6期ニューフェイス)の佐原健二。あれは佐原が初めて主役をやった『社員無頼』(1959年)のときですが、お昼のサイレンが鳴ってもスタッフがスタジオから出てこない。「おい、鈴木組、出てこないぞ」とみんなで言っていると、誰かが「佐原健二がやられているらしい」と。どうも「ヨーイ!」というところから、違うと言われたらしい。彼はそれでアガちゃって、そんなに器用な男じゃないからガチガチになっちゃったらしいんだね。それで何度も何度もやらされて。その事件が撮影所内に鳴り響きましたね。佐原はそれで自信喪失して、もう役者人生を断たれたみたいになってしょげかえって、相当にまいったみたいでした。

――そのエピソードは有名ですが、鈴木さんはそれまでも佐原さんを起用なさっているし、テレビに移ってからも佐原さんを使っていらっしゃる。

宝田ああそう? だったら単にムシの居所が悪かったんじゃないの? 奥さんとケンカして、それが尾を引いたままセットにまで持ち込んだとか(笑)。我々は高見の見物だから、そんな噂話を無責任にしていました。

――『社員無頼』で佐原さんが苛酷にしごかれるのを見ていたはずの白川由美さんは、あるインタビュー(『東宝75年の歩み』)でご自身が仕事をされた中で印象に残る監督として、鈴木さんの名前を挙げていらっしゃるんですね。

宝田彼女はサバサバした男っぽい性格でね。それで彼女はズーズー弁が得意なんだけど、久松静児さんとやったときかな。久松さんは茨城の出身でしゃべり方に訛りがあるんだね。「ヨーイ、スタート!」というかけ声にもちょっと訛りがある。それで白川君が芝居をしたあと「これでえっか?」と久松さんの訛りを真似して言ったら、久松さんがカンカンに怒ってね。それをコンプレックスに思っているから。それでもう二度とこの女優は使わん、となったらしい。『早乙女家の娘たち』(1962年)のときか。白川君はそういうおちゃめであっけらかんとしたところがある。その点、佐原君は真面目だから考えこんじゃうんだね。

――司葉子さんはいかがだったんですか。

『花の慕情』ポスター
宝田鈴木さんと最初にやったのは『花の慕情』(1958年)になるのかな。これは吉屋信子さんの原作で、生け花の家に生まれた女性が恋に生きるか花に生きるか悩むというメロドラマですね。僕の役は葉子ちゃんの相手で歯医者の役。僕がデビューして5年目あたりで、葉子ちゃんとはそれまで『雪の炎』(1955年、丸林久信監督)、『美貌の都』(1957年、松林宗恵監督)、『青い山脈』(1957年、松林宗恵監督)、『愛情の都』(1958年、杉江敏男監督)と、何本か一緒にやってきて息が合っているんですが、『花の慕情』でひとつ覚えているのは、静岡県のお城で撮影しているとき、葉子ちゃんのオーケーがなかなか出ない。ちょうど恋に生きるか花に生きるか、惚れた男を前にして悩んでいる葉子ちゃんのアップのところです。鈴木さんがダメ出しばかり出すので、だんだん太陽も沈んでくるし、そうなるとフィルムの色温度も変わってしまうということで、これ以上は時間もなくなってきたというとき。それで僕が葉子ちゃんを呼んでね。「僕が愛している女性と向かいあうときは、男だからこの人を脱がせたらどうだろう、素っ裸にしたらどうだろうと思いながら相手を見つめる。そうすると目に色気が出てくる。だから君も僕に惚れているという設定だから、僕を頭ん中で素っ裸にしたらどうだ。そうすれば絶対気持ちが目に出るんだから」とアドバイスをした。彼女は「そうかしら」と言っていましたけど、そのとおり演ったらすぐにオーケーになった。で、しめしめと。