映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第62回 非ジャズ時代の三保敬太郎
ソフトロックもジャニーズも
前回は三保敬太郎がジャズマンとしての評価を下げ、また映画音楽家としても休止状態に入ってしまった60年代の終わり頃を取り上げ、アルバム「サウンド・ポエジー“サチオ”」に着目した。確かにここに聴かれる音楽はジャズというより当時の言い方では「イージー・リスニング・ミュージック」であり、音楽的な評価を云々することもない、とジャズ側からみなされたのもやむを得ない。全編にフィーチャーされる、現在は人気の高い伊集加代子によるスキャットも当時はさほどでもなく、またジャズの方法によるものでもなかったから、そうした方面から評価される目は最初からなかった。けれども、ちらっと述べたように「ジャズではない音楽」に示された三保の才能というのを聴き逃す手はないと思うのだ。今回はそちら方面の三保敬太郎で現在比較的簡単に聴けるものを当たってみたい。
まず前回のおさらいを少々。ザ・ハプニングス・フォーとの競作となったザ・ホワイト・キックス「アリゲーター・ブーガルー」は「ザ・GSベスト・セレクション赤盤」(EMIミュージックジャパン)に収録されていると判明した。赤盤というからには青盤もあるわけで、青盤はポピュラーな歌を中心、赤はちょっとマニアック、という感じになっているようだ。シングル盤「アリゲーター・ブーガルー」のB面「愛の言葉(ことば)」のオリジナルはネットでアップされているが、カヴァー版をつい最近見つけてしまった。「昭和レジデンス青盤」(ビクターエンタテインメント)にザ・シロップというグループが吹きこんでいる。こっちは「青盤」か。当然「赤盤」というのもあるのだが、まあそれはいいでしょう。
ライナーノーツによれば本アルバムは「昭和40年代に発表された曲を中心として、現役で活動する歌手/演奏家達が2001〜2002年に録音したものです」とある。「巷にありがちな所謂“トリビュート”や“カバー”アルバムとは少々趣が異な」り、「それぞれの歌手/演奏家の方々がこのような楽曲を常日頃ステージなどで取り上げているという現象に着目し、そこから作品を集めた」という。ザ・シロップは名古屋を拠点に活動する七人グループらしいのだが、何故この曲をやるようになったのかは私じゃ分からない。「2002年ハプニングス・フォーの復活ツアーにも参加」と記されているから、やはり「アリゲーター・ブーガルー」つながりでこの隠れた名曲にたどり着いたのかもしれない。アルバム・コンセプトは単に昭和歌謡というよりも明らかに「エレキ、GS、ガレージ、ソフトロック」寄りで横山剣(クレイジーケンバンド)が発想の実現に深く関わっているようだ。他にも「恋人中心世界」をはじめ名曲揃い。これは三保作曲ではないよ。

さて、三保の仕事大まかについてはウィキペディアにも記述されていてとても重宝するものの、歌謡曲まではフォロー出来ていない。かくいう私も基本お手上げなのだが自分の守備範囲で記しておこう。初期の仕事で注目すべきは何と越路吹雪の大ヒット「愛の讃歌」の編曲だ。オリジナルのシャンソンは1949年にエディット・ピアフとM・モノーによって作られ、日本に紹介されたのが52年の舞台。それから何度かカヴァーされているが最初の越路レコーディング版のアレンジャーが三保である。彼女の歌でも数多くのヴァージョンが存在するのだが「越路吹雪〜愛の讃歌〜」(コロムビアミュージックエンタテインメント)というコンピ盤に聴かれるものが三保のアレンジなので興味ある方はどうぞ。シングルのリリース時期がいつなのか正確に把握できていないが、三保のキャリアの上で初期にあたるのは疑いの余地なく、そう考えれば歌謡曲の作曲や編曲はジャズ同様に注目されて良い性格のものだろう。
もっとも、それで彼がジャズマンとして脚光を浴びていた時期(〜60年代前半)に一方でどんな歌謡曲をやっていたかは私の調査がまだ行きとどいていない。ネット・リサーチすると「古賀政男『想い出のあの歌』昭和の流行歌/編曲・三保敬太郎」なんてアルバムが引っかかってきたりする(他にも編曲物は結構ある)一方で、石原慎太郎作詞「焔のカーブ/ジャニーズ」なんてのも作曲している。ジャニーズというのは当然初代。皆忘れているだろうがジャニーズというのは、元々は少年野球チームの選抜メンバーだからね。一気に時代が下って60年代後半ザ・ホワイト・キックスでの上記二曲は有名だが、それ以外にも幾つかある。今それらを聴けるのは一時代を画した名コンピレーション・シリーズ「ソフトロック・ドライヴィン」だから嬉しくなってしまう。まずビクター篇「空と海とわたし」には「明日へ飛び出せ/岡田可愛」と「夜だから/藤川昌子」を収録。ソニー篇「美しい誤解」には「何かいいことありそうだ」と「世界へジャンプ!」、この二曲は共にハイソサエティーの歌。そして「歌うことは素晴らしい/フォーリーブス」も収録。また「ウィズ・ユー/ヴィレッジ・シンガース」では編曲のみ担当。コロムビア篇「愛のひととき」には「パリの想い出」収録。これは三保敬太郎自身の楽曲演奏。「サウンド・ポエジー“サチオ”」からのセレクトだ。東芝篇「恋人中心世界」には、編曲と補作詞を担当した「しあわせの訪れ/ザ・カルア」を収録している。カルアのヴォーカルが宮崎正子で、後の三保敬太郎夫人である。このシリーズは全部を精査したわけではないので漏れがあるかも。
シリーズ番外編として企画された「ソフトロック・ドライヴィン・エクストラ・トラックス アワ・タイム」(ウルトラ・ヴァイブ)には「女の館/小川知子」も収録。シリーズは現在入手困難なものも多いから、簡単に聴けると言い切るわけにはいかないにしても、少なくともこれらの楽曲が濱田高志などの目利きの方々によって「埋もれさせるのが惜しい名曲」として認識され日の目を見たことは間違いない。ライナーノーツからさらに分かる範囲で述べると。シングル盤として「帰らないサチオ/宮崎正子」、アルバムとして「裸足で駆けるとき/フォーリーブス」、「何かいいことありそうだ/ハイソサエティー」というタイトルも紹介されている。他に近年評価が高い(シングル盤「リオの夜」のB面)「人魚に恋した少年/木村芳子」は歌手自体三保の弟子という情報もあるがよく分からない。ネットで聴くと本格的ボサノヴァで「さすが」という感じ。