入門篇「映画の中のジャズ、ジャズの中の映画」とは
さてそこで問題のレスター・コーニッグである。実は今回の講演に当たっては、いかにも固い「空爆正当化映画」とは全く異なる、もう一つのコンセプトも準備していた。それは要するにプレヴィンとの協働作業に代表されるようなプロデューサー、コーニッグの仕事を出発点にして、様々なCD音源鑑賞やレコード・ジャケットの披露、それにもちろん映画DVDクリップの上映によって、ある時代のジャズの雰囲気を浮かび上がらせるというものだ。音楽評論家中山康樹の新著「LA・ジャズ・ノワール―失われたジャズ史の真実」(河出書房新社刊)の話題とかも入れて、ひと言で言えば本コラムの出店(でみせ)たろうとしたのである。中山の著書のタイトルからもわかるだろうが、ある時代のジャズとは、50年代ハリウッド周辺に花開いた白人中心のジャズであり、人脈的にも映画音楽の演奏者、作曲家、編曲家と強い繋がりを持っている。
その代表格がアンドレ・プレヴィンで、というのは既に何度も述べてきたわけだが、コーニッグは『黄金の腕』“The Man with the Golden Arm”(監督オットー・プレミンジャー)でドラムスを担当したシェリー・マンや『幻の女』“Phantom Lady”(監督ロバート・シオドマク)のベーシスト、ハワード・ラムゼイともこの時代に契約を交わしていた。他にもクリント・イーストウッドの懐刀で『バード』“Bird”を担当したレニー・ニーハウスや『乱暴者(あばれもの)』“The Wild One”(監督ラズロ・ベネデック)で先駆的な仕事をしたショーティ・ロジャース等、音源も映像も素材はふんだんにあったのだが、「空爆映画の話を聞きたい」というリクエストの方が通ってこの案はぽしゃった。アイデア自体にオリジナリティはないものの、まとめて一気に見たら結構面白かったに違いない。これはいつでもやろうと思えばやれるわけだから、その内実現するかも知れない。
実はこの案には先例がある。先例というより前段とするべきか。「アナクロニズムの会」第13回(2011年1月20日)で私が行った講演&上映「映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 入門篇」がそれだ。そこでは本連載コラム上の年代期感覚で捉えれば、むしろ連載以前に当たると言うべき時代の音源(の貴重な映像版)を中心に編集してお届けした。それで「入門篇」。こちらはスニーク・ビューイングではなく全て権利上の問題が発生しない映画からの抜粋だったので、取り上げた代表ナンバーをこの際かいつまんでここに記しておく。まずポール・ホワイトマン楽団による「ラプソディ・イン・ブルー」“Rhapsody in Blue”を二種類。映画『アメリカ交響楽』“Rhapsody in Blue”(監督アーヴィング・ラパー)からのものは誰でもDVDで見られるが、初期のカラー映画『キング・オブ・ジャズ』“King of Jazz”(監督ジョン・マレー・アンダーソン)からの音源は珍しいばかりでなくほとんど前衛映画で、何度見てもとんでもない
(連載第27回参照)。ルイ・アームストロングとビリー・ホリデイの共演版「懐かしきニューオリンズ」“Do You Know What It Means to Miss New Orleans”(映画『ニューオリンズ』“New Orleans”より)は「曲はいいけど映画はひどい」というのが定評だったわけだが、平岡正明の「黒人大統領誕生をサッチモで祝福する」(愛育社刊)における名解説を得て新たな視点が与えられた
(連載第2回参照)。フライシャー兄弟の短編アニメーション『お前がくたばったら俺はうれしいぜ、この悪党め』“I’ll Be Glad When You Are Dead, You Rascal You”。歌うのは同じくルイ・アームストロング。このあたりは日本でもよく知られた映画だが、アメリカには短編ジャズ映画というジャンルがかつてあって、当然ほとんどが日本未公開。しかし近年DVD化がなされるようになったものは輸入盤で入手できる。ルイ・ジョーダンの「レット・ザ・グッド・タイムス・ロール」“Let the Good Times Roll”、キャブ・キャロウェイ楽団の「ミニー・ザ・ムーチャー」“Minnie the Moocher”、「セント・ジェームズ病院」“St. James Infirmary”はそういうジャンル映画から選んだ。この辺の音楽はもちろんジャズとカテゴライズして問題はないのだが、もっと大きなジャンルというか要するに「ブラック・コンテンポラリー・ミュージック」なのだ。エセル・ウォーターズ「恋のチャンス」“Takin’ a Chance on Love”は黒人映画『キャビン・イン・ザ・スカイ』“Cabin in the Sky”(監督ヴィンセント・ミネリ)から。サブレットの黒人的なタップも素晴らしい。グレン・ミラー楽団の「チャタヌガ・チュウチュウ」“Chattanooga Choo Choo”は初演版でモダネアーズのヴォーカルにドロシー・ダンドリッジとニコラス・ブラザーズのアクロバティックなダンス入り。他にもデューク・エリントン楽団、リナ・ホーン、ナット・キング・コール等を入れて二時間強のプログラム(解説込み)であった。