映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第29回 アンドレ・プレヴィンのジャズ体験   その4「ショー・マスト・ゴー・オン」
言葉が終わったところから音楽が始まる
2011年3月11日、東日本沿岸部を襲った津波と地震は近世日本史上に残る(或いはミレニアム・スパンとも言われる)被害をもたらしたが、未だその全貌は明らかでない。死者不明者三万人とされるが、そればかりか、単に水が浸入したというのでなく海岸線が変ってしまうほどのドラスティックな自然災害を体験したこと自体、現在生きている日本人には初めてのことなのだ。そして津波による最悪の二次災害としての福島原発事故。人災天災としてのこの大震災をどう受け止め、どう対処したら良いのか日本人の誰にもその答えは見出されていない。死者行方不明者に哀悼の意を表すると共に、改めて、この未曽有の災害を生者に託された日本の未来を考えるよすがとしたいと思う。

地震の翌日、NHK交響楽団はかねてからの予定通りアメリカ公演に出発した。近親者に被害者が出た四名を除いて、である。こういうのを英語では「ショー・マスト・ゴー・オン」と言う。いかなる非常事態においても、生きている人がいる限り舞台は続行されなければならない、という意味だ。北米公演の件は本連載プレヴィン篇(第二十六回)冒頭に記したが、こうした形で行われることになるとは、まさに神ならぬ身の知るよしもない。演奏曲目の一部は既に紹介してある。武満徹「グリーン」、プロコフィエフ「交響曲第五番」がそれである。ガーシュインは演奏されなかった。これは予定通り。
アメリカ公演用に新たに取り上げられたのはエルガーの「チェロ協奏曲」でソリストはダニエル・ミュラー・ショットであった。ソリストはNHKでのライヴ放映(3月26日)に寄せて被災者にメッセージを送ったが、その中で、記譜されていない悲しみや怒りが表れてしまうのが音楽というものの本性であると語っている。「言葉が終わったところから音楽は始まる」とも。その一方で指揮者のアンドレ・プレヴィンは、悲しみのさ中にあってもそれに「関係なく」演奏が為されてこそプロである、と団員を叱咤激励した。これもまた深い言葉であろう。思えばプレヴィンは七十年前にナチスにより故郷を追われたユダヤ・ロシア系ドイツ人であった。同じく、帰る家を失った子供の一人だったのだ。アメリカ東海岸で行われた四回の演奏会ではそれぞれの最初に、被災者への祈りをこめて急遽バッハの「G線上のアリア」が演奏されている。このライヴの模様は5月にNHK衛星プレミアムで再放送されるはずである。