監督：アンジェイ・ムンク
出演：アレクサンドラ・シュロンスカ/アンナ・チェピェレフスカ/ヤン・クレチマル

女流作家ゾフィア・ポスミンの小説「パサジェルカ（女船客の意）」に想を得て映画化された本作。監督のアンジェイ・ムンクは作品の完成をまたずに自動車事故で急死。友人たちが１メートルも撮り足さないという条件のもと残されたフィルムと資料のみを使用し一篇の劇映画にまとめあげた。プロローグとエピローグをスチル写真のモンタージュとナレーションで表現するという大胆な構成がテーマの特異性をうかびあがらせ、監督不在のまま製作された作品としては完成度の高さを誇る奇跡の１本。アウシュビッツ収容所の女看守と女囚の奇妙な交流を「シンドラーのリスト」顔負けのリアリズムで描いた傑作。１９６４年カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞受賞。

監督・脚本：アンドレイ・タルコフスキー
出演：エルランド・ヨセフソン/スーザン・フリートウッド　他

アンドレイ・タルコフスキーが２０世紀最大の映像作家であることに異論を挟んではいけない。文字文化の伝承によって表現されてきた詩や哲学を完璧な形で映像に置き換えるという離れ技を成し遂げた監督である。もう２度と現れない映画界の世界遺産的な人物なのだ。地球最後の日をむかえた家族の崩壊と再生を描いた物語。驚異的な長回し撮影、張りつめた美意識が悲鳴をあげそうな画面構成、意表をつく音響効果がみるものの脳髄を刺激し、やがて映画は物語の世界を越え、神話的SFの領域へと突入する。遺作となったこの映画はタルコフスキー芸術の集大成。これをみて泣けたらあなたの詩的感性は本物である。

監督・脚本：イエジー・カヴァレロヴィッチ
出演：ズィグムント・ケンストウィッチ、タデウシュ・ユラシュ　他

面白い映画とはこのような作品の事を言うのである。 第２次大戦末期から戦後の混乱期までのポーランドにおける歴史の闇を松本清張の「日本の黒い霧」ばりの サスペンスタッチで描いた社会派の作品と言うのが本作の映画史的な位置づけであろう。しかし、オープニングにおける 列車と車のスピード感あふれる並走シーンからラストの列車を使った無声映画ばりの追跡シーンに到るまで映画的魅力に 満ちた一編と呼ぶのが正しいのではあるまいか。登場人物３人による回想場面を巧みに折り込んだ構成は、まるでタランティーノの 映画をみているようである。芸術性と娯楽性の見事な融合。カヴァレロヴィッチ恐るべし。

監督：タル・ベーラ
原作：ジョルジュ・シムノン
出演：ティルダ・スウィントン

独創的でとにかく面白い映画が見たいと渇望している方に絶対おススメである。乱暴なことを言って申し訳ないが、今東ヨーロッパの作品は文句なしにスゴイ。映画史的にみれば東欧圏の作家に際だった才能の人間が多くいるのは映画ファンにとって常識ではあるが、スコリモフスキ、ムンジウ、クストリッツァの新作を見た方々には大いに納得していただける意見と思う。そしていよいよハンガリーの巨匠タル・ベーラの登場だ。フランスミステリー界の巨人シムノンの原作をタルコフスキー顔負けの緩慢なカメラワークとトリッキーなアングルの連打による映像でフィルム・ノワール風に脱構築した本作。３Ｄなどどこ吹く風の映像体験であなたを中毒にさせる必見の１本。

製作：ロバート・オルドリッチ
出演：ロバート・オルドリッチ/ジャック・パランス/アイダ・ルピノ/ほか

もがけばもがくほど状況は悪化し、遂には悲劇的な結末へと到る典型的なノワール作法で語られたハリウッドバックステージ物の傑作。映画産業の腐敗を映画作品それ自体で告発する大胆な企画性、人気スターを極力排し実力優先で選ばれた役者陣、生えの執着心をもちながらもなぜか退廃的な匂いをかもすキャラクター造型、アンチ・ハリウッド的なバッド・エンディング等、反骨の映画作家オルドリッチの面目躍如たる１本。ヴェネツィア映画祭で銀獅子賞を受賞したにもかかわらず日本では劇場未公開とは残念至極。クセのある悪役でならしたジャック・パランスの繊細で変幻自在な演技にも要注目。

監督：イェジー・カヴァレロヴィチ
出演：ルチーナ・ウィンニッカ、ミエチスワフ・ウォイト、アンナ・チェピェレフスカ

悪魔祓いの話である。要するに「エクソシスト」だ。ところが悪魔に取りつかれたのが美貌の尼僧、悪魔祓いの神父が女を知らないうぶな男となると、とたんに物語の様相は究極の恋愛劇へと変貌する。風吹きすさぶ荒野にポツンと建てられた石造りの僧院、時折り響き渡る不吉な鐘の音、かすかに聞こえる犬の遠吠え、尼僧達がまとう純白の衣装--。怪奇小説さながらの舞台設定を用意しつつ幾何学的な画面構成と周到な音響設計で神秘的な映像空間を現出したカヴァレロヴィチ監督のセンスは今見ても斬新の一語。シンプルな物語に自分なりの解釈をするのもよし、女主人公ヨアンナに扮した監督夫人ルチーナ・ウィンニッカの妖気漂う美しさに酔うのも一興。

収録作品：
チェチェンへ アレクサンドラの旅
牡牛座 レーニンの肖像
ボヴァリー夫人

「アバター」や、「ROOKIES」を見て感動するのはかまわない。映画のどこに感情移入するかは個人の自由なのだから。しかしちょっと待ってほしい。映画は立派な芸術でもあるのだ。どんな作品が“映画芸術”の名にふさわしいのか？アレクサンドル・ソクーロフ監督のこの３本を見てほしい。映画の最前線を果敢にも切り開くロシア最高の映像作家が描く深遠な世界の一端を体験できるだろう。そこには１人の生きた人間がいる。狂気の愛をひた走る美貌の人妻、残酷な晩年を送る歴史上の偉人、戦場に送り出した孫を案ずる老いた祖母・・・。生きた時代も境遇もまるで違う人たちだけれど、ソクーロフの映画ではまぎれもなくリアルな人間であり続けている。恐ろしく冷めた視線で人間の本質をつかみとり映像化してみせるソクーロフ。私たちは、ゴダールやイーストウッドそしてソクーロフと同じ時代を生き、彼らの新作をリアル・タイムで見られる幸せをもっとかみしめなければならない。