海外版DVDを見てみた 第13回『マイケル・パウエルの『スモール・バック・ルーム』を見てみた』 Text by 吉田広明
『黒いスパイ』のポスター

マイケル・パウエル(左)とエメリック・プレスバーガー

『黒いスパイ』のファイトとホブソン
二本のコンラート・ファイト主演スパイもの
マイケル・パウエルは1905年生まれで、第二次大戦勃発の1939年時点で三十四歳、十分な経験を積み、働き盛りの年代でもあり、いよいよ映画作家として押し出していこうという時期に大戦が勃発ということで、彼の以後の作品には戦争を題材、ないし背景としたものが多い。パウエルの『黒いスパイ』The Spy in black(39)は戦争を背景として初めて撮られた映画であり、また、脚本家エメリック・プレスバーガーと初めて組んだ作品でもある。周知の通りプレスバーガーはこの後パウエルと組んで幾多の名作を生むことになる。

『黒いスパイ』はコンラート・ファイト主演ということもあり、ドイツ人側から描かれたスパイ物。ファイトがイギリスの島に潜入する第一次世界大戦中のドイツ人潜水艦将校を演じる。その島はイギリス海軍の戦略上の要所で、ファイトの任務は、イギリスの戦艦を撃沈するため、その正確な位置を潜水艦に伝えるというもの。島には、ちょうどその島に赴任する新任教師と入れ替わったドイツの女性スパイも同時に潜入し、自宅に彼をかくまうと共に、イギリス海軍の内部通報者との連絡役を務めることになっている、という設定。ドイツは海上封鎖が続いて食糧供給が途絶えており、レストランに入っても、肉もバターもないという前置きがあり、イギリスに上陸、女性スパイの家で肉とバターにありついて感動したり、イギリス海軍の内通者がアル中だったり、と食べ物周りの設定が興味深い。また、女性の自宅は学校とつながっており、教室は半地下(?)、ガラス屋根で、ファイトの隠れ住む部屋から授業している様が見えるのだが、必ずしも物語を進めるのに貢献しているわけでもない。イギリスの孤島の学校がそういう作りになっているものなのか分からないが、視覚的には面白い。

実は女教師はイギリス軍が送り込んだカウンター・スパイであり、イギリス将校もアル中の振りをしてファイトを油断させているだけなのだった。ただ、この映画、スパイものとしてはいまひとつサスペンス、アクションが欠けている。面白いのはファイトが女教師に惹かれていってしまい、人間的に弱みを見せるという展開で、パウエルないしプレスバーガーの意図がスパイものとして間然なき娯楽ものを作る事そのものよりは、孤島の人々の生態(ただしそれも十分描かれているわけではないのだが)と、主人公三者の人間関係にあったのだろうと思われる。実は女スパイとイギリス将校は恋人同士なのであって、ファイトは真相を知って、嫉妬含みで反攻に打って出る。ある軍艦に、収容所送りになるドイツ人捕虜たちが載せられるのだが、その軍艦に乗り込み、捕虜たちを扇動してそれを乗っ取り、沖に出て潜水艦に情報を渡そうとするのだが、自分が乗っていることを必死にアピールするものの伝わらず、結局その潜水艦に砲撃されて沈没、ファイトはそのまま一人救われることを拒否して、海の藻屑となるのだった。

『密輸』のポスター

『密輸』のアジト
もう一本の作品は『密輸』Contraband(40)。今回ファイトは第二次世界大戦中の、中立国デンマークの貨物兼客船の船長を演じる。乗客の中に一人だけ救命ジャケットを着るのを拒否する女性がおり(演じているのは『黒いスパイ』と同じヴァレリー・ホブソン)、その彼女が船長の上陸許可証を奪ってロンドンに向かったことを知り、後を追う。船はそれ以前検査を受けており、敵国ドイツの密輸云々という話があり、この映画全体もイギリス国内に存在する密輸組織か何かを見つける話のようである。そしてその一味かと思われたホブソンはその実連合国側のスパイであり、ロンドン内にあるドイツ人組織を突き止める任務を帯びている。彼女を疑ったファイトがたまたまその騒動に巻き込まれてしまうわけである。この映画で面白いのはその組織のセットであり、とあるレストランの地下にアジトがあり、地上からのぞき窓を通して監視ができるようになっている。こうしたのぞき窓のセットは、フリッツ・ラングの『蜘蛛』シリーズを思わせるものがあるが、このセットをデザインしたのはドイツ人のアルフレート・ユンゲ。ウーファでデュポンの『ヴァリエテ』(25)などのセットをデザインした後、ナチスドイツの台頭によってイギリスに渡り、そこで活躍した人物。映画の興味は、そののぞき窓とエレベーターによるセットと、アジトに監禁されていたファイトが逃げ出し、地下まで聞こえてきた音から、上階のレストランをロンドンのデンマーク・レストランの連中と探し出し、大騒ぎを起こしているうちに地下を探るそのドタバタ劇にある。スパイ映画、アクション映画としてはどうなのか、とは思うが、コメディ・スリラーとしては十分興味深い。