菊田一夫の『長崎』
『夜霧のブルース』のクレジットには、【原作:菊田一夫「長崎」より】とある。どうやら映画『地獄の顔』のリメイクであると同時に、もともとは菊田一夫の戯曲らしい。「菊田一夫戯曲選集2」(演劇出版社、1966年)を調べてみると、「長崎」は戦時下の1943年に菊田一夫が発表した2幕6場の戯曲で、古川緑波一座がその年の7月に有楽座で初演している。
戯曲「長崎」は、日露戦争開戦前夜の1904年頃に長崎で実際にあった実話に取材している。物語はおくんち祭りで賑わう明治31(1898)年の長崎から始まる。林田伝五郎という沖仲仕の元締めで荷役を一手に引きうけている町の有力者がいる。彼には娘のお栄とその弟の平蔵という子がある。お栄は伝五郎の使用人・源吉と将来を約しあった仲だ。そこへ伝五郎にとって大恩ある旧主の鷹野が東京からやってきて、伝五郎にお栄を駐留するロシア人の洋妾にやってくれと頼む。伝五郎は鷹野への義理と、鷹野から現在の日本とロシアとの関係を聞かされて、娘のお栄を泣く泣く洋妾に出す。そのため土地の者からは、伝五郎は露探(ろたん、ロシアのスパイ)じゃろうかと悪い噂が立ち、人々に攻撃される。そんなとき伝五郎はお栄からの知らせでロシアの軍艦が修理のため寄港すると知る。日露間に戦争が勃発しそうな気配が濃厚だが、伝五郎はロシアは軍艦の修理中は開戦しないだろうと推測し、同業者を出し抜いて荷役作業を横取りし、故意に石炭の積み込みを遅延し、軍艦の出港を遅らせる。だが同業者を裏切ったとして伝五郎は殺されてしまう。その翌日日露戦争が勃発する。
以上があらすじである。太平洋戦争中の、いわゆる時局もの、戦争美談である。古川伝五郎(古川緑波)、娘・お栄(竹久千恵子)、息子・平蔵(久保保夫)、源吉(須賀不二夫)、女中・ゆき(村瀬幸子)という配役。芝居は好評で26日間の続演で、当時の批評もよく、とくに伊藤熹朔の舞台装置を誉めた記事が目立つ。
この伊藤熹朔の舞台装置は、図面が早稲田大学内坪内博士記念演劇博物館に保管されていて、ウェブからでも閲覧できる。
《文化遺産オンライン》