コラム『日本映画の玉(ギョク)』 ついに発見?「黒澤明のエロ映画」   Text by 木全公彦
以前より本欄をお読みの方は、「黒澤明のエロ映画」というお題のコラムをご記憶であろうか。今回は映像特典付きのその続報。

■ これまでのあらすじ
最初に2010年の夏に掲載したコラム   「黒澤明のエロ映画 第一篇」「黒澤明のエロ映画 解決篇」から今回のコラムに関係する部分を簡単におさらいしてみる。

『純潔を狙う悪魔』ポスター
ある週末の深夜、インターネットのオークションサイトをなにげなく覗いていた(自称)映画評論家の某は、見慣れぬレトロな映画ポスターが出品されているのに見かけ不審に思った。よく見るとそれはなんと黒澤明の『静かなる決闘』(49年)の図案とクレジットを改竄した『純潔を狙う悪魔』というポスターではないか! 某はおもわず「げげえっ!」と叫んで大きくのけぞり、頸椎を痛めてしまった(あいたたたっ)。気を取り直してよく見ると、ポスターには三船敏郎や千石規子の顔と並んで、映画とは全然関係のない女性のヌードがコラージュされており、きわめて怪しげな刺激を放っていた。「医学界の権威協力裏の幸福を得る性の指針」というヘッドコピー、「此は単なる劇映画ではない! 世に稀れなる性の恐るべき実態! 全国民の子を持つ親! 青年・男女のすべてに贈る正しい性道徳!」という紙面に躍る扇情的なキャッチコピー。こ、これは一体なんなのか!


おまけに奇怪きわまるクレジットの改竄。

提供 CM映画商事
演出 黒沢明
企画 医學協会
製作 木本藤二郎

特別出演
三条美紀
千石規子
植村謙二郎
志村喬
三船敏郎


これは一体……。


深まる疑問を解決すべく、(自称)映画評論家の某は翌日から国会図書館に日参して手がかりを求めて、当時のスポーツ新聞やカストリ雑誌を読み漁った。調べても調べても真相にはなかなか肉薄できない苛立ちを覚える一方で、(自称)映画評論家の某は敗戦からの傷も癒えないうちから、占領国によってもたらされた民主主義の恩恵とばかりに性の解放を謳歌する日本人の逞しさと、その欲望を商売に取り込もうとする映画業界の底知れぬバイタリティに驚いたのであった。ついこの間まで「撃ちてし止まぬ」と威勢のいい標語を掲げ、国策映画を作っていた映画界の身代りの早さに、いや驚いたの、なんのって。これぞ日本映画の裏面史!

いわゆるピンク映画第1号といわれる『肉体の市場』(小林悟監督)が製作されたのが1962年。それ以降、下降線をたどる日本映画界とは反比例してピンク映画は急上昇カーブを描いて量産されることになるのだが、ピンク映画登場以前にも、当初の製作目的とは別のところで性的興奮をかきたてる映画は次々と流通経路を経て、上映されたというわけだ。産児制限(バスコン)映画、性教育映画、性病防止映画、バーレスク映画……。厚生省お墨付きの医学映画や薬品メーカーが製作した医学映画の類いまでエロ映画として消費していったすさまじさ。熱気と情熱。そのバイタリティこそが、その後の高度経済成長を遂げることになる日本の作ったのではないかと思わせるほど、ともかく往年の日本人の健啖ぶりにたじたじになってしまったのである。