ラディカルな内容とマンネリの狭間で
「北方領土問題は、政治プログラムの中にある問題で、いつかは国民が関心を持たねばならないテーマだ。ぼくは単純に、ソ連から北方領土を取り返せと番組の中でいっているのではない。ぼくが本当に訴えたいのは現在、忘れられているアイヌ問題なんだ。日本人は、北海道のアイヌを圧迫し、その領土を奪いましたね。アメリカが、インディアンを殺したのと同じことで、少数民族の問題、人種差別の問題がここにある。ソ連から領土を取り戻す前に考えてみたいのは、北海道も千島列島も実は、日本の領土でもソ連の領土でもないんですね。アイヌ民族の土地なんですよ。それを日本が、ソ連が力ずくで取ったんです。ただ単に政治問題として北方領土返還を取りあげるのでなく、北方領土返還の中にはこうした悲劇もあるといった問題提起をしたい」(佐々木守「ドラマで北方領土返還を訴える!?」、「週刊TVガイド」1972年2月25日号)
この佐々木守の発言にも、『忍者武芸帳』(67)に続いて、大島渚組の共同脚本者のひとりとして参加した『日本春歌考』(67)に佐々木が持ち込んだ日本人騎馬民族征服王朝説のような日本人源流への興味、マージマルな存在への共感が読み取れる。騎馬民族征服王朝説は江上波夫が最初は1948年の学会で唱えた学説で、1967年に中公新書から「騎馬民族国家」が出版されると一大ブームになった。『日本春歌考』で唐突に小山明子が発するセリフもこのときのブームが背景にある。
佐々木守の場合、このネタを自身が脚本を書いた特撮怪獣番組にも頻繁に応用し、さらに昼メロなのに、浦島伝説を発端として騎馬民族の末裔と彼らに滅ぼされたオリジナルの大和民族の攻防を描いた伝奇ロマン『三日月情話』(76、THK)で騎馬民族征服王朝説をもっと壮大に展開することになる。浦島伝説は実相寺昭雄の『ウルトラQ ザ・ムービー 星の伝説』(90)でも取り上げられる。ちなみに『三日月情話』は題材の異色さもさることながら、手法も脱ドラマ的なシネマ・ヴェリテの方法論を取り込んで、俳優が役を離れて素に戻って各地の浦島伝説を取材し、インタビューする様子を隠し撮りした場面もあった。怪獣番組ばかりをいつまでも持て囃す中二病からはそろそろ卒業して、この番組こそ再評価したい
『お荷物小荷物・カムイ篇』に話を戻せば、マンネリによる緊張感の緩みが響いたのか視聴率は前作に及ばなかったが、やはり沖縄に比べて北方領土では切実さというか生々しさというかなにかそういったものが足らなかったのだろう。あるいはそれがソ連ではなく少数民族のものだと主張する当時のリベラル左翼の言説だとしても、やたら熊を食おうとドタバタを繰り広げるのはグロテスクでさえあったのかもしれない。実際、菊のライバル山の中梅と女中の座をめぐって激しい戦いを繰り広げる第16回「シゴイてイジメてイビリます」は、北海道地区では放送が自粛されたほどだったのである。どうやらアイヌの描写が問題になり、アイヌの団体が抗議したらしい。ああ、自粛は今も昔も変わらない。
慌てて付け加えておくと、視聴率が思ったほど伸びなかった理由として、この『カムイ篇』の放映中、連合赤軍による浅間山荘事件が起こり、それをテレビが長時間生放送で実況中継をしたという出来事があったことが影響しているのかもしれない。お茶の間と事件現場をリアルタイムで繋いだこの出来事は、事件そのものも戦後日本に刻印された大事件であったけれども、また同時にメディアの歴史の上でも画期的な出来事でもあった。脱ドラマどころか、事件そのものがドラマを凌駕し、生々しい事件の推移を据えっぱなしのカメラによって臨場感たっぷりにお茶の間のブラウン管に映し出されていたのだから。もうひとつは、『沖縄篇』と『カムイ篇』の間に、主演の中山千夏が番組の音楽を担当していた佐藤充彦と結婚したことも脱ドラマを標榜する虚実入り乱れるドラマにとって限界を呈してしまったように思う。
とはいうものの、『お荷物小荷物・カムイ篇』が今どきの凡百のドラマが束になっても敵わないラディカルさに溢れたドラマであることに変わりはない。『カムイ篇』には三島由紀夫事件をパロディにして、切腹をしようとする忠太郎じいさんの首を息子の孝太郎が介錯しようとするシーンもあった。最終回『田の中菊さんノー・リターン』では、子熊の長介が檻を逃げ出してしまい、忠太郎じいさんの持っていた日の丸に襲いかかる。鋭い牙と爪に引きちぎられズタズタにされる日の丸。もちろんヌイグルミではなく本物の熊が演じている。すぐにやってきた機動隊は長介を射殺する。小熊の長介が流す血はズタズタになった日の丸を染め、それは北方領土の形となる。そしてその染みは何度洗っても取れることはない。北海道に帰った菊は、自分たちの真の独立を勝ち取るべき決意を新たにする。「♪田の中菊さんノーリタン」が流れる中、長介を乗せたトラックは朝日放送の建物から出て行く……。やはりすごいドラマだ。かえすがえすもう見られないことが惜しまれる。