ウルマーと仲間たち、と黒沢清と吉田広明、とジュリー・ロンドン
ところで今夏秋の話題は大西順子とサイトウ・キネンばかりではなかった。シネマヴェーラ渋谷での
「エドガー・G・ウルマーとゆかいな仲間たち」特集も東京ローカルでは大いに盛り上がった。
と言いたいところだが、意外と客足が伸びなかったとも公式的には報告されている。ちと残念ではあるものの映画好きには乾天の慈雨であっただろう。映画監督ウルマーの作品を劇場で見る機会はそう度々はないからだ。隣の
吉田広明さんのコラムでこの特集の中心人物ウルマーについては総括されているので読んでおいてください。吉田さんと黒沢清監督の対談も話題を呼んだ。またこの特集ではデルマー・デイヴス監督の傑作『赤い家』“The Red House”(47)も貴重な上映。テルミン(多分)を一部で効果的に使用したミクロス・ローザの音楽も画期的だし、ジャズ・ヴォーカル史上最高の美貌を謳われる女優兼歌手ジュリー・ロンドンが「チョイ悪」女子高生で出てくるのも本連載的には嬉しい。どうして美人女子高生って例外なく洋の東西問わず性悪なんでしょうか。
「シネクラブ時代 アテネ・フランセ文化センター トークセッション」
それはともかくウルマーと言えば、今回の企画には含まれなかったものの一般的には『カーネギー・ホール』“Carnegie Hall”(47)の映画監督として知られている。当時のクラシック音楽界のスーパースター達がこれでもかとばかりに登場して音楽を聞かせてくれるし、あまつさえ台詞まである。監督は別にウルマーじゃなくてもよかったんじゃないか、とシロートは(私だが)考えてしまうところだが「シネクラブ時代 アテネ・フランセ文化センター トークセッション」(フィルムアート社刊)の小松弘によればそういうもんでもないらしいのだ。というわけで引用する。
それからちょっと言い忘れましたけれども、一九三〇年頃にウルマーは一連の音楽映画を撮っています。と言いますのは、ウルマーはストコフスキーと非常に仲がいいんです。彼にはストコフスキーの指揮している場面を撮った映画があるんですけれども、実は、皆さんも知っていると思いますが、ヘルベルト・フォン・カラヤンなどがあとになってたくさん映画を作っていますね。あの演出の型というのを最初に考案したのが、実はエドガー・ウルマーなんです。演奏しているいろんなパートを撮ったり、いろんな角度から指揮者の表情を撮ったりとか、例えば演奏しているピアニストの手を撮ったりとか、そういうカラヤンの音楽映画のような、ああいう演出の型を初めて作ったのが実はエドガー・ウルマーなんだということは、ちょっと言い忘れたので言っておきます。
こういう背景の下、製作されたのが『カーネギー・ホール』だった。
しかし本連載的な見地から記述しないといけないのは、そういった音楽映画史的文脈からではなく、ラストで演奏される楽曲についてなのである。この映画はクラシック演奏家になるように期待されて育った息子が母親に反逆し、愚劣な(そう母親には思えるということです)大衆芸能音楽の世界に足を踏み入れ、勘当されてしまう物語。ところが終局的には彼はジャズとクラシックを融合させた「シンフォニック・ジャズ」曲を創造してカーネギー・ホールの舞台に立ち、それを初演する。何も知らされずに客席にいた老母も歓喜にむせぶ。母親に扮するのが、この映画の直後赤狩りで映画界から追放され、長いブランクを余儀なくされるマーシャ・ハントだというのも書いておく価値があるだろう。
そこでこの楽曲「57番街のラプソディ」“57th Street Rhapsody”について。ちなみにこの邦題は今の翻訳感覚だと「57丁目」になるはずだが、当時の日本語ではそういう通念がまだなかったのか。そう言えば『四十二番街』“42nd Street”(監督:ロイド・ベーコン、33)という映画も「ストリート」を「番街」にしているな。普通マンハッタンの通りは「アヴェニュー」を「番街」に当てているように思う。さてこの曲。当時のスター・トランペット奏者ハリー・ジェームズをフィーチャーしたオーケストラ曲であり、この映画以外では聴いたことがない。やはり単純に考えて、これは映画『アメリカ交響楽』“Rhapsody in Blue”(監督:アーヴィング・ラパー、45)で改めて「ラプソディ・イン・ブルー」が注目されたことから生まれたものではないか。作者はM&W・ポートノフとクレジットされているものの、これもよく分からない。二人組だろうが。当たり前か。
ジャズ史的に見ればクラシックとジャズの融合という路線は結局、鬼っ子というか、要するに正統派とはならなかった。ジョン・ルイスとガンサー・シュラーが提唱した「第三の流れ」であるとか、クラウス・オガーマンがビル・エヴァンスやマイケル・ブレッカーと組んで作った何枚かのアルバムであるとか散発的な試みはあるものの。そうした中で出色なのがガーシュインの黒人オペラに基づいた「ポーギーとベス」“Porgy and Bess”の様々なジャズ・バージョンだというのはそれなりに首肯出来るのだ。