雇われ仕事の「映画音楽」アレンジもついでに紹介
アルバム「モダン・ジャズ・ブルー・ムード」は容易に聴けるようになったが、これと同時代、多分63年から65年頃にリリースされ、しかしCD化されていないために完全に忘れ去られてしまったアルバムをここで取り上げたい。八木がアレンジャー兼ピアニストで参加してモダン・フィルム・セクステット名義でリリースされた「モダン・ジャズ映画主題曲集」(ポリドール)である。「今日、音楽ファンにとって、モダン・ジャズは特殊な音楽ではなくて、とてもポピュラーなものになりました。それにはいろいろな理由があるでしょうが、ここ数年映画に大胆なモダン・ジャズが用いられてきたことも、その大きな理由の一つに数えることができるでしょう」。このアルバム解説は「モダン・ジャズ・ブルー・ムード」同様岩浪洋三である。「さてこのLPはこういったモダン・ジャズやそれに近い音楽を用いて成功した映画の中から、とくに印象の強い曲を十二曲選び、モダン・フィルム・セクステットが演奏したもので、ジャズや映画音楽の愛好家には聞き逃せません」。以下参加メンバー紹介が続く。それは省くとして、曲名は全て紹介しておく。カッコ内が岩浪の解説である。
1.『現金に手を出すな』“Touchez pas au Grisbi”(ジャック・ベッケル監督、54)から「グリスビーのブルース」。作曲ジャン・ヴィエネール。「ハーモニカを用いたジャズ的なブルース」。ハーモニカのパートを「ミュート・トランペット」で。
2.『地下室のメロディー』“Le Melodie en Sous-Sol”(アンリ・ヴェルヌイユ監督、63)から主題曲。作曲ミシェル・マーニュ。この映画にヒントを得て作られたのが『御金蔵破り』というのは有名。音楽担当は八木だった。
3.『死刑台のエレベーター』“Ascenseur pour L’echafaud”(ルイ・マル監督、57)から主題曲。作曲マイルス・デイヴィス。本コラム第3回で紹介。
4.『夜行列車』“Pociag”(イエジー・カワレロウィッチ監督、59)から主題曲。作曲アンジェイ・トシャスコフスキ。「作曲はポーランドきってのモダン・ジャズ・メン」。これを入れたのが岩浪らしい秀逸なセレクション。
5.『雨』“Rain”(ルイス・マイルストン監督、32)から「暁のブルース」。作曲アルフレッド・ニューマン。この映画のことだと思うのだが確信なし。
6.『赤と青のブルース』“Saint-Tropez Blues”(マルセル・ムーシー監督、60)から主題曲。作曲アンドレ・オデール、アンリ・クロラ。彼等は名コンビ。
7.『危険な関係』“Les Liaisons Dangereuses 1960”(ロジェ・ヴァディム監督、59)から「『危険な関係』のテーマ」。作曲デューク・ジョーダン。当時一般的には別人の作曲となっていたもの。
第5回で紹介。
8.『或る殺人』“Anatomy of a Murder”(オットー・プレミンジャー監督、59)から「殺し屋のテーマ」。作曲はデューク・エリントン。第8回で紹介。
9.『墓につばをかけろ』“J’irai Cracher sur vos Tombes”(ミシェル・ガスト監督、59)から「褐色のブルース」。作曲アラン・ゴラゲール。「映画ではハーモニカを使っていましたがここではフルートとギターで」。
10.『唇によだれ』“L’Eau a la Bouche”(ジャック・ドニエル・ヴァルクローズ監督、59)から「黒のマーチ」。作曲アラン・ゴラゲール。「ヌーヴェル・ヴァーグ映画を皮肉った異色傑作の主題曲」。
11.『殺られる』“Des Femmes Disparaissent”(エドゥアール・モリナロ監督、59)から主題曲。作曲ベニー・ゴルソン。「ジャズ・メッセンジャーズの演奏でおなじみ」。
12.『私は死にたくない』“I Want to Live”(ロバート・ワイズ監督、58)から主題曲。作曲ジョニー・マンデル。
第7回で紹介。
こうして曲目を並べるだけでモダン・ジャズが映画音楽に積極的に取り入れられるようになった50年代中期から60年代初期の感じが何となく伝わってくるようだ。フランス映画を中心にしてアメリカ映画三本、ポーランド映画一本という組み合わせもとても目配りが利いており、優秀な企画選曲は八木によるものではないだろう。多分、岩浪洋三の立てたコンセプトに違いない。とすれば岩浪が八木を起用して制作したアルバムということかも。翻って考えれば「モダン・ジャズ・ブルー・ムード」も或いはそうした性格のアルバムかも知れない。
ところで「モダン・ジャズ映画主題曲集」はCD化されていないが、基本的なコンセプトはほぼ一緒のアルバム「モダン・ジャズ・スクリーン・ムード」(日本コロムビア)というのはちゃんとCDになっていて「セールスも良好」とネットでは情報が流れている。モダン・ジャズ・プレイボーイズ名義である。アレンジャーは三保敬太郎をメインに藤井英一も数曲。録音は60年ということで八木のアルバムとは三年以上開きがある。セールス良好というのはいわゆる「和ジャズ」ブームに乗ったという意味だと思う。曲目も幾つか重複しており、是非聴き比べたいところであるが、何ということであろう、実は私はレコード・プレイヤーをもはや所有していないので八木盤を聴くのが叶わないのであった、残念至極。