ドン・シーゲル特集 <その4>
最後の『グランド・キャニオンの対決』は、今回WOWOWが放映する4作品の中では唯一のカラー作品で、グランド・キャニオンの大峡谷にかかるロープウェイを舞台に死闘が繰り広げられる、息詰まるアクション。シーゲルが、初めてシネマスコープで撮影した作品ともなった。
もともとこの映画の企画は、俳優のジャック・イーラムを主役に想定して彼の友人が書き上げた脚本を、やはりイーラムとは良き友人であったシーゲルが目にとめて気に入り、各映画会社に企画を持ち込んだものの、残念ながらイーラムの主演ではどこも興味を示さず、結局、主役に乗り気を示したコーネル・ワイルドの主演を条件に、コロムビアで映画が作られることになった。映画のプロデューサーも務めたもとの脚本作者は、映画製作の経験がまるでなかったため(結局これ1本きりで終わった)、彼を補佐したシーゲルが、“アソシエイト・プロデューサー”の肩書きも頂戴することになったが、監督料とは別の、それに対するギャラは何も支払われなかったという。
『哀愁の湖』(53 ジョン・M・スタール)、『暴力団』(55 ジョーゼフ・H・ルイス)等で主演を務め、時に自ら監督を手がけることもあったコーネル・ワイルドが、ここではさびれた町の郡保安官代理を演じ、廃鉱の周辺で起きる怪事件の捜査に乗り出した末、真犯人をグランド・キャニオンへと追い詰める様子を映画は描いていくわけだが、率直に言って、彼の演技はこの映画でも今一つ生彩に欠けていることは否めない。そのあたりは、シーゲル自身も、「いいかい、ストーリーはよくないし、映画は安っぽく作られているし、キャストにも異議がある」とはっきり認めたうえで、「けれどもグランド・キャニオンの場面では、誰もが思わず手に汗握ってしまうことを、私が請け合おう。すべてのショットが死だ。文字通りの死だ。そして我々は誰1人殺すことがなかったんだ!」と述べている。大峡谷にかかるロープウェイを舞台に繰り広げられるクライマックスの死闘では、命知らずのスタントマンが実際に上空1,500フィートもの高さにあるロープウェイから吊り下がるところを撮影したとのことなので、ぜひそのスリルと臨場感を固唾を呑んで見守って欲しい。
なお、この映画でシーゲルは、ほんのチョイ役で劇中出演も果たしている。自作へのワンカット出演を好んだ偉大な先達に倣って、“ヒッチコック・ビジネス”とシーゲルが名づけたこのお遊びを、その後彼は、『殺人者たち』や『突破口!』などでも続けていくわけだが、『グランド・キャニオンの対決』の中でシーゲルが登場するのは、映画が始まってから約14分頃。ワイルド扮する主人公が捜査のためにあるモーテルを訪れ、パトカーを下車する際、その手前のプールサイドでリクライニング・チェアに腰掛けてくつろぐ1人の男をキャメラが捉える。それがどうやらシーゲルらしい。実際にはシーゲルは首にスカーフを巻き、パイプを口にくわえて撮影に臨んだとのことだが、あくまで後ろ姿を一瞬映し出すだけなので、よくよく眼を凝らして見ないと画面では確認できないし、だいいち、これがシーゲルだと言われても、分かる人はほとんどいないだろう。どうか、よく注視して、お見逃しなきよう願いたい。