ドン・シーゲル特集 <その2>
『中国決死行』では、全然、世間の関心を引くことができなかった、とボヤくハメとなったシーゲルだが、続いて彼が取り組んだ映画『第十一号監房の暴動』は、それまでの彼お得意のアクションに、骨太な社会派ドラマとしての風格も兼ね備えた会心の一作に仕上がって批評的にも興行的にも成功を収め、監督としての彼のキャリアに最初の大きな転機をもたらす出世作となった。
もともとこの映画を企画し実現させた最大の功労者は、ウォルター・ウェンジャー。『暗黒街の弾痕』(37 フリッツ・ラング)、『駅馬車』(39 ジョン・フォード)をはじめ、数多くの名作を世に送り出し、当時のハリウッドきっての進歩的プロデューサーとして知られた彼だが、51年、自分の愛妻であった人気女優ジョーン・ベネットが、彼女のタレント・エージェントを務める男と浮気していることを知ったウェンジャーは、その不倫相手の股間めがけてピストルを撃つというスキャンダラスな情痴傷害事件を引き起こして、4ヶ月間、刑務所に服役。そこで自ら味わった実体験を基に、刑務所内での囚人たちに対する非人間的な扱いや、劣悪な生活環境の改善を訴えようと、出所後のウェンジャーが、弱小独立プロのアライド・アーティスツで企画した作品が、この『第十一号監房の暴動』だった。
ウェンジャーの熱のこもった後押しを受けて、シーゲルは、テキサスにあるフォルサム刑務所を舞台に、本物の囚人たちをエキストラに配し、16日間にわたって現地でのロケ撮影を敢行。それによって醸し出されるリアルで臨場感溢れる非情な雰囲気は、ニュース映画風に始まる冒頭から、観る者をいきなり切迫した状況のただ中へグイと引き込むシーゲル独自の演出スタイルと相俟って、映画にこれ以上ないスリルと緊迫感をもたらすこととなった。
いつ爆発するとも知れない怒りや狂気をその不敵な面構えの奥に沸々と煮えたぎらせながら、もっと自由をよこせ! と、囚人たちの待遇改善を求めて立ち上がる、この映画の主人公を好演するのは、ネヴィル・ブランド。その強烈で際立ったキャラクターは、『殺し屋ネルソン』のミッキー・ルーニーや『殺人捜査線』のイーライ・ウォラック、『突撃隊』のスティーヴ・マックィーン、『ダーティハリー』のクリント・イーストウッド等々、その後の一連のシーゲル映画でお馴染みとなる、タフで非情で反社会的なアンチ・ヒーローの原型となった。また、ブランドよりもさらにいかつく兇暴で、より危険な狂気を孕みながら彼と行動を共にするレオ・ゴードンの存在は、『暴力の季節』(56)のジョン・カサヴェテスに対するマーク・ライデル、『ダーティハリー』のクリント・イーストウッドに対するアンディ・ロビンスン、『突破口!』のウォルター・マッソーに対するジョー・ドン・ベイカー等々、シーゲル映画の主人公たちのネガティヴな分身、鏡像というテーマを際立たせている。
なお、この『第十一号監房の暴動』で、若き日のサム・ペキンパーがシーゲルの使い走りとして映画界の現場に初めて足を踏み入れ、その後も引き続き3本、シーゲルのもとで監督助手を務めることになった。ちなみに、端役出演もした『ボディ・スナッチャー/盗まれた街』で、ペキンパーは脚本も自分が一部手がけたと後に吹聴したが、シーゲル自身はこれを言下に否定していることもここに言い添えておこう。
『第十一号監房の暴動』と並ぶ今回の特集の目玉作品が、やはり50年代のシーゲル映画のベストの1つとして海外の映画マニアの間ではつとに評価の高い『殺人捜査線』。
今回日本で初めて紹介されるにあたって、御覧の通りの邦題がつけられたわけだが、THE LINEUPという原題を持つこの作品(言葉の意味は、犯罪の容疑者たちを整列させて目撃者と対面させる、いわゆる“面通し”のこと)は、もともとは、サンフランシスコを舞台に、事件の捜査にあたる刑事の活躍を描いた同名のラジオ番組(50‐53)。これは、先にNBCがラジオ・シリーズ化(49‐57)していた同型の人気刑事ドラマDRAGNET(こちらはロサンジェルスが舞台となる)に対抗すべく、CBSが作り上げたもの。NBCは51年からDRAGNETをTVシリーズ化して全米のお茶の間で絶大な人気を博すようになり(51‐59、67‐70 日本での放映題は「ドラグネット」。「再現ファイル・捜査網」「ロス市警犯罪ファイル ドラグネット」の題で一部ソフト化もされている)、CBSも、54年にようやくTHE LINEUPのTV化に踏み切って、まず30分のパイロット版を試作した後、TVシリーズ化(54‐60)して成功を収めた(シンジケーション局ではSAN FRANCISCO BEATと改題され、日本での放映題も「サンフランシスコ・ビート」。30分から60分番組に昇格後は「捜査線」)。そのTVパイロット版の演出を手がけたのが、ほかならぬシーゲルで、当時はまだチャールズ・ブチンスキー名義で、後に『テレフォン』(77)の主演を務めるチャールズ・ブロンスンも出演した。
そして58年、シーゲルがTHE LINEUPをあらためて長編劇映画として作り直すことになったわけだが(最近すっかり邦画界で主流となっている、お茶の間で人気を博しているTVドラマを映画化するというメディア・ミックスの試みは、決していまに始まったことではない!)、それにあたってシーゲルは、元のTVシリーズとはあくまで一線を画した映画作りを試みている。先述した通り、この番組は本来、事件の捜査にあたる刑事たちに焦点を当てたドラマ作りがなされているのに対し、シーゲルは、TVの主役陣の登場は必要最小限に抑え、TVシリーズとはまるで関係のない2人組の殺し屋を新たに物語の主軸に据えた、彼独自のクライム・サスペンスを生み出したのである(シーゲル自身は、この映画がTVシリーズの単なる延長と見られるのを嫌って、THE LINEUPという題をつけることに反対し、実際この映画は、TV版の主役陣の1人、トム・タリーは出てこないし、TVシリーズとは何の関係もない、として、THE CHASEという題の方がふさわしいだろうと主張したが、会社の首脳陣に受け入れられずに終わった)。
『殺人捜査線』は、開巻早々、あれよあれよという間に、サンフランシスコの港で思いもよらぬ意外な事故が発生する様子を、シーゲルならではの素早いモンタージュで描き出すところから、猛ダッシュで物語がスタートする。そしてサンフランシスコ警察の刑事たちが事件の捜査に乗り出し、やがて、外国帰りの船客たちを、当の本人にはそうと気づかれぬまま、運び屋として利用するという巧みなやり方で麻薬を国内にひそかに持ち込む犯罪組織の存在が浮かび上がったところで、いよいよ、この映画の主役たる2人組の殺し屋の登場とあいなる。
この2人組の殺し屋を鮮烈に演じているのが、その後、クリント・イーストウッド主演のマカロニ・ウェスタン『続・夕陽のガンマン 地獄の決斗』(66セルジオ・レオーネ)で“汚い奴”を演じるイーライ・ウォラックと、『最前線』(57 アンソニー・マン)でシェル・ショック状態の大佐に扮したロバート・キース。一見ごく普通のビジネスマンのようでいて、いったんキレるや、たちまち兇暴な性格を顕わにする前者と、そんな彼を何とかなだめすかしながら理性的にことを進めようとする後者というこの殺し屋ペアは、先の『第十一号監房の暴動』でも指摘した、シーゲル映画における主人公とその鏡像的分身という関係性をよく表わすと同時に、それが、後の『殺人者たち』におけるクルー・ギャラガー&リー・マーヴィンの殺し屋ペアへとダイレクトに受け継がれていくことになる。
映画は、この2人が、麻薬の運び屋を務めることになった船客たちから順にブツを回収していく様子と、そこで思いがけない手違いが生じたことから、麻薬組織を操る正体不明の黒幕とじかに対面することとなったウォラックの気になる運命を、クールなタッチでスリル満点に描きだしていくわけだが、そこから先は、ぜひ見てのお楽しみとしておこう(なお、このあと紹介するジェームズ・エルロイの映像コメントも、ぜひご参照あれ)。