7月のCS・BSピックアップ
冷奴がおいしい季節になってきた。豆腐は栄養満点で簡単に調理ができて、日本酒の肴にはもってこいの完全食材だ。日本酒と豆腐を愛した監督といえば、成瀬巳喜男と中川信夫である。とくに中川信夫の場合、監督の愛した酒と豆腐にひっかけてその命日(1984年6月17日に死去)を「酒豆忌」と呼ぶことになっている。

■  日本映画専門チャンネルでは、その酒豆忌から約1ヶ月遅れになるが、中川信夫の特集企画がある。今年は中川の生誕102年にあたり、「102」を「トーフ」と読ませるなんぞなかなかニクい企画である。

・『「粘土のお面」より・かあちゃん』(61)
・『思春の泉』(53)
・『若さま侍捕物帖・謎の能面屋敷』(50)
・『青ヶ島の子供たち・女教師の記録』(55)
・『毒婦高橋お伝』(58)

これに加えて、特別番組「映画と酒と豆腐と」(2007)も放映される。新東宝の時代の中川といえば、ホラー/怪談映画というのが定番で、中川のイメージはホラー/怪談映画の巨匠として定着しているのだが、実は彼はもともと時代劇の出身であり、新東宝時代にはホームドラマや青春映画も多く手がけていることを忘れてはならない。

「『粘土のお面』より・かあちゃん」はその代表作ともいえる傑作。戦前、山本嘉次郎で映画化された『綴方教室』のリメイクである。山本嘉次郎版では高峰秀子が演じていた主人公の少女を『かあちゃん』では二木てるみが演じていて、これが愛くるしいのなんのって。天才子役といわれた二木てるみの代表作でもある。北沢典子が演じる学校の先生に「ラ・マルセイエーズ」を教えてもらって、一緒に口ずさむ場面にはいつも感動してしまう。

『思春の泉』もさわやかな印象を残す青春映画。宇津井健のデビュー作でもある。リメイクされた西河克己の『草を刈る少女』に比べて、遥かに朴訥でおおらかでありながら、泥臭く、爽やかで、生き生きとした感じがするのは、西河克己版で吉永小百合が演じていた役を左幸子が演じており、「クソをたれる」とか平気で連発しているからだろう。左幸子は、デビュー当時、確か朝日新聞学芸部の井沢淳に「気持ち悪い女優」とセクハラまがいに酷評されていた女優だが(口が悪いというより、愚かなだけの井沢がよく権威ある映画評論家の座に長年いられたのか不思議だが、朝日であればむべなるかな)、当時の若手女優の中では異色の、泥臭い屈託のないキャラクターを持ち味にしており(さすが体育大学出身)、それがよく発揮された作品がこれだろう。残存するプリントは総集編で、かなり音声・画質とも痛んでおり、方言のキツいセリフも聞き取りにくいが、文句なしの楽しくなるような佳作である。

『女教師の記録』も左幸子主演。因習の残る故郷の島に戻った女教師の奮戦を描いた社会派ドラマ。これもかなりプリントが痛んでいた記憶があるが、今回の放映はどうか。

『毒婦高橋お伝』はCSで中川を観ようという人なら知っていて当然の作品。『東海道四谷怪談』と並ぶ、中川&若杉嘉津子の代表作であり、日本で最後に斬首刑になった有名な毒婦をモデルにしたヴァンプ映画である。丹波哲郎の胸毛もセクシー(笑)で、床の隠し戸を空けて、誘拐してきた女たちを奴隷に売り飛ばすべくひきずり出す場面は、半裸で胸毛丸出しの丹波哲郎が妙におかしかった。冒頭、若杉嘉津子が日傘を使って宝石商からダイヤンドを盗む有名な場面は、実はジョー(ヨーエ)・マイの『アスファルト』の冒頭とそっくりそのままで、早い話がパクリである。確認しないとはっきりしたことはいえないが、カット割までそっくりだった記憶がある。若い頃には無類の映画狂であった中川らしい。

『娘道成寺』(45)と『新説カチカチ山』(36)は市川崑の初期のアニメ。もともと市川はJOスタジオに入社して、アニメを担当するところからキャリアをはじめたので、この2作を観ることは市川崑の原点を知ることにもなる。前作は操り人形のスタイルのアニメで今ならアート・アニメとして分類されるだろうもの。後者はキャラクターがディズニー映画そっくりでほほえましい。

『紅の海』(61)は谷口千吉監督、加山雄三、佐藤允主演の航空アクション映画。豪快な男性アクションだが、黒澤明が脚本を書いた初期の作品を除き、谷口千吉の映画を観ているときはそこそこおもしろいが、大味な感じも否めず、観終わってしばらくするとなんの記憶にも残らない。したがって本作もほとんど覚えていない。そういう点では東宝時代の稲垣浩に似てるよなあ。

『黒い潮』(54)は、何度も映画化された下山事件の真相に迫った山村聰監督・主演作。本作では陰謀説を退けて、自殺説をとる井上靖の原作を映画化。『蟹工船』と並ぶ監督としての山村聰の代表作になった。現代ぷろだくしょんを主宰し、独立プロの社会派監督としても活躍した山村聰は、監督としてもなかなかの演出力を持っていたことは観れば分かる。佐分利信を頂点とし、田中絹代、宇野重吉、山村聰、勝新太郎、左幸子といった優れた俳優監督の系譜をぜひフィルムセンターあたりで特集してくれないか。監督としては凡才であった小杉勇、菅井一郎、風変わりな監督として記憶されるべき三國連太郎(オクラになっている『台風』をオレは観たいぞ!)、丹波哲郎、それに三船敏郎、小林旭らの監督作とともに、一挙に上映していただけることを夢想している。上映作品が足らないのなら(なんせ今、最も再評価が望まれる監督としての佐分利信は、その代表作のほとんどがすでに失われているのだから)、今月この枠で『金色夜叉』(54)を放映する俳優から監督へ転身した島耕二を加えてもいいと思う。


■  松本清張ミステリからは『黒い画集・第二話/寒流』(61)が登場。ノワール作家鈴木英夫の面目躍如の傑作で、後味の悪さは鈴木の作品の中でも随一。2時間以上あった若尾徳平の脚本を会社の命令で97分に無理矢理縮めたため、逆にカフカのような悪夢的不条理性が前面に押し出されることになった。3作製作された『黒い画集』連作の中では、最も評価の高い堀川弘通の『黒い画集・あるサラリーマンの証言』が橋本忍の構成力が発揮されたよくできた心理スリラーであるのに対して(小林桂樹、原知佐子、織田政雄ら演技陣もすばらしい)、『寒流』はたとえ物語の展開に性急さがあるとしても、池部良が「審判」のヨーゼフ・Kにも見えてくる怖さがある。日本映画専門チャンネルのHPには、『寒流』が『黒い画集』連作の第2作と書かれてあるが、これは間違いで、題名に『第二話』とあるが、これは原作の《第二話》の映画化ということで、実際は杉江敏男監督、石井輝男脚本の『黒い画集・ある遭難』に次ぐ、第3作である。


■  チャンネルNECOでは、日活ニュー・アクションの金字塔「野良猫ロック」シリーズ全5作を放映する。DVD・BOXで発売されたばかりであるから、そのマスターでの放送というのが嬉しい(でも、こんなことばかりやっている日本映画ってDVDを購入するユーザーをどう考えているんだろ?)。 ・『女番長 野良猫ロック』(70/長谷部安春)
・『野良猫ロック ワイルドジャンボ』(70/藤田敏八)
・『野良猫ロック セックスハンター』(70/長谷部安春)
・『野良猫ロック マシン・アニマル』(70/長谷部安春)
・『野良猫ロック 暴走集団‘71』(70/藤田敏八)

もともとこのシリーズは和田アキ子を主演とした女番長(スケバン)ものとして企画が出発したものだった。ところがスケジュールの調整がつかず、事実上、梶芽衣子や藤竜也らが主演のアナーキーな活劇として第1作目が製作され、シリーズ化されていった。第1作で、長谷部は当時まだ浄水場跡地でなにもない空き地が広がっていた新宿西口を舞台にして、サンドバギーが地下鉄の階段を走り回らせたり、スプリット・スクリーンを使ったり、と新しい映像センスで集団アクションを展開。藤田敏八と交互に閉塞的な時代状況を反映した青春像をダブらせながら、アンニュイで屈折した活劇を作り上げた。最高傑作といわれる『セックスハンター』では、大和屋竺の脚本を得て、混血児狩りという異色のテーマで、時代を撃つ。この作品はスコープ・サイズなのだが、長谷部の演出はところどころ両端に黒味を入れることで、広がりのある活劇が息のつまるような閉塞的空間の中でいがみあうチンピラたちの状況をうまく表現していたように思う。混血児、基地の街、米兵によって身内が強姦されたことへの復讐、ベトナム戦争の時代における日本とアメリカの関係など、作品に散りばめられたモチーフは、その後、大和屋が脚本を担当した日活ロマンポルノ『セックスハンター 濡れた標的』(72/澤田幸弘)で再びリフレインされることになる。あまり言及されることのない『マシン・アニマル』も当時は大方の評価と同じく、あまりうまくいっていない気がしていたが、10年ほど前に再見して、この時代によく描かれた、「ここでない、どこか」という仮溝された場所への脱出願望をうまく描いた佳作だと思った次第。

藤田敏八はこのほか『新宿アウトロー・ぶっ飛ばせ』(70)が放映される。『野良猫ロック』と同じ時期に製作されたアクション映画だが、屈折したアクション映画である『野良猫ロック』より、画面狭しと走る回るジープの疾走感もあり、純粋なアクション映画ファンにはこちらのほうがお気に入りであるようだ。最近流行らしい「都市と文化論」の中心をなす68年以降の新宿をドキュメントした映画としてもよく取り上げられる。

もう1本「日活名画館」から取り上げる。『憎いあンちきしょう』ももちろん捨てがたいが、同じ蔵原惟繕の『硝子のジョニー 野獣のように見えて』(62)である。早い話がフェリーニの『道』のパクリなのだが、ジェルソミーナ役であるおムギ(芦川いづみ)の心をしめつけるような無垢で可憐なたたずまいは、何度観ても切ない気持ちにさせられる。日活時代の蔵原惟繕の再検証はもちろん行われるべきであるが、日本映画を長年観続けているコアなシネフィルにおムギ信奉者が異様に多いのはなぜか。岡田茉莉子もいいし、若尾文子もいいが、女優の名がある特定の監督との結びつきでしか想起できないそういった女優よりも、おムギのすごいところはそれだけ隠れ信奉者がいながら、彼女の名前で連想的に思い出されるのは、強いていえば川島雄三であり、中平康であるのだけど、そういう作家主義から自由でいられる女優であるところが、実は私もファンである理由のひとつなのである。つまり純粋に萌え~を誘発する非アイドル系の数少ない女優なのである。

「芦川いづみさんの部屋」


■  恒例の新東宝作品からは、

・『憲兵とバラバラ死美人』(57/並木鏡太郎)
・『天下の鬼夜叉姫』(57/毛利正樹)
・『女奴隷船』(60/小野田嘉幹)

B級テイストがお好きな人は3作とも要チェック。『憲兵~』は新東宝らしいグロテスクなホラー。中川信夫のホラー映画とどこか違ってどこか同じか見つけてみるのも一興。『天下の~』は宇治みさ子主演。来年はマキノ雅広生誕100年だが、その準備のためにも観ておきたい。え? これのどこがマキノと関係があるかって? 自分で考えなさいって。ヒントは宇治みさ子は誰の娘でしょうか。最後に『女奴隷船』は三原葉子と三ツ矢歌子の肌もあらわな姿に股間を硬くしながら鑑賞したい。三ツ矢歌子の若いときの美しさは、あの石井輝男をして、「あれだけ美しいと、心は悪魔でもかまわない」といわしめたほど。ちなみにこちらは新東宝最大のセックスシンボル、三原葉子のファンサイト(↓)。淀川長治も愛した(太めなら男も女もOK?)三原葉子のグラマラスぶりに注目!

「三原葉子と昭和の女神たちの部屋」


■  衛星劇場からは、江波杏子の『女賭博師』シリーズ全17作のアンコール放送がある。人気シリーズだったわりには、同時期の東映の『緋牡丹博徒』シリーズに比べると、いかにも泥臭い。しかし、現在CMで再ブレイク中の江波杏子の代表作であるのは確か。なにしろこの人、ソフィア・ローレンに似ているのはマスクだけではなく、その巨乳もソフィア・ローレンなみなのだ。実際に江波杏子がそのたわわに実ったウォーターメロンを開陳するのは大映倒産後の東宝の堀川弘通の『告訴せず』であり、松竹系の斎藤耕一の『幸福号出帆』であるので(『純』の痴女役もエロかった!)、再ブレイクを果たした『津軽じょんがら節』以降まで待たねばならないが、この『女賭博師』シリーズでもそのグラマラスぶりは伝わってくる。しかし、しかしである! 実はこの役、当初は若尾文子がキャスティングされていたのだ! 若尾あややが病気で倒れたために降板し、江波杏子が抜擢されたというわけ。まあ、あややは出たくなくって仮病でも使ったんだろうけど(というのは、若尾あややはこの手の病気降板がやたら多いのだ。そんなに病弱ではないはずだけどなあ)。

その若尾あややの「メモリーズ・オブ・若尾文子」でチェックすべきは豊田四郎の『波影』(65)のみ。あとの2本『銀座っ子』(61/井上梅次)、『珠はくだけず』(55/田中重雄)は凡作。しかし前者は、本郷功次郎、川崎敬三、川口浩の3兄弟が揃って狭いシャワー室でシャワーを浴びる場面があったと思うが、なにやらこの場面に妙な雰囲気が漂っている。『真夜中のカーボーイ』や『クルージング』や『ベニスに死す』や『惜春鳥』や『ケレル』のような栗の花の匂いのするあれである。そういう趣味のある方には、あややを見るのではなく、そっちの楽しみ方もできるので、どうぞ♂

松原智恵子は『東京流れ者』でも吹き替え丸出しで歌ってバカみたいだった。せいぜい許せるのはテレビ「時間ですよ」に出演したときだけ。あ~、これってなんか蓮實重彦がデボラ・カーをクサしている文章みたい? それとも山田五十鈴を誉めて田中絹代の悪口を言うときを連想させる? どうでもいいけど、どうしてみんな、いつから田中絹代をけなして山田五十鈴のすばらしさを語るようになったのよ? ねえ、金井美恵子さん。気持ち悪くない? この好みの画一的全体主義。ねえ、山根貞男さん。スターリニズム。創価学会。個人崇拝。付和雷同。厚顔無恥。放送禁止。自主規制。奇妙奇天烈。摩訶不思議・・・って山平和彦の「放送禁止歌」かいっ!


■  「ニッポン無声映画探検隊」は、

・『番場の忠太郎 瞼の母』(31/稲垣浩)
・『不壊(ふえ)の白珠』(29/清水宏)

前者は東宝入社後、巨匠と呼ばれつつ大味な時代劇ばかり監督した稲垣浩がよかった時代の傑作。つまり千恵プロ時代の代表作。情感たっぷりで泣かせます。できれば澤登翠の名調子の弁士付きで観たいものです(弁士を嫌う原理主義者もいるけど。どんなことであれ原理主義は、私、キライです)。後者は衛星劇場のHPでは、これがつい最近染色されてデジタル復元されたバージョンなのかどうかまるで不明なのだが、もしかしたらそうである可能性も高いので、録画する人は表示時間より長めに録画時間を設定しておくこと。菊池寛原作のメロドラマである。そう、清水宏といえば、反射的に「子供の映画」と答えてしまうのだが、実は本来清水が松竹のヒットメイカーとして城戸四郎に重宝されたのは、こうしたメロドラマもソツなく撮ることができて大ヒットさせたからなのである。永遠の処女であった及川道子の出演している映画はわずか3本しか残存していないが(FCの松竹蒲田特集のカタログには2本と書いてあったけど、『家族会議』を忘れています)、そのうち2本が清水宏作品であるのだが、そのいずれも通常彼女が演じた役とは正反対の非清純派の役であるとは皮肉である。


■  「ザ・時代劇!長谷川一夫と三隅研次」では、

・『かげろう笠』(55)
・『四谷怪談』(55)
・『七つの顔の銀次』(52)
・『青葉城の鬼』(62)

三隅研次の正当な評価に向けて、すべて観ましょう。三隅が《作家》であるか《職人》であるかなんかはどうでもいいじゃないの。くだらない議論は止めてまず観ること。そこからすべては始まるのだから。すべてレア作品であればなおさらである。


今回はこんなところです、と「魚屋じゃあるまいし、下品だ」と小林信彦に罵倒された筑紫哲也風に。