4月のCS・BSピックアップ
今村昌平といえば、かつては一時代を築いた巨匠であり、存命する日本の映画監督の中では大島渚と並んで、最も世界に名の知られた映画監督の一人。にもかかわらず、どうも最近は映画ファンに人気がないようで残念だ。カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した『楢山節考』と『うなぎ』が今村にとって最良の作品ではないということが逆に災いしているのかもしれない。好みの問題はさて措いて、やはりイマヘイといえば、日活時代がいちばん充実していたのではないだろうか。

4月のWOWOWでは、その日活時代の今村昌平の5作品を放映。今村の作品は、肖像権およびプライバシーの問題をクリアできない『日本戦後史 マダムおんぼろの生活』を除く、ほぼ全作品がDVDなどソフト化されているが、未見の人はこの機会にぜひ全盛期の今村作品のねっちこさに触れてほしい。

NHK・BSでは、伊藤大輔の『この首一万石』が放映される。伊藤にとって、『下郎』『下郎の首』に連なる封建制度の矛盾や非道をテーマにした佳作である。クライマックスで大川橋蔵の槍持ちが大立ち回りをする場面を、内田吐夢の名作『血槍富士』と比較して見るのも一興。こちらは製作されたのが残酷ブームに沸く1963年だから、立ち回りも槍が顔面に突き刺さるなど残酷描写に溢れ、凄惨な印象を与える。

日本映画専門チャンネルでは、「独立プロの監督たち」と題して、清水宏、亀井文夫、家城巳代治、吉村公三郎、山本薩夫、新藤兼人、今井正の独立プロ作品が放映される。このうち清水宏の『蜂の巣の子供たち』と『その後の蜂の巣の子供たち』はDVDやパッケージになっていない貴重作。本来、清水の『蜂の巣』モノはこの2本に『大仏さまと子供たち』を加えた3部作なのだが、上映プリントはあるのだが、権利の所在が明確でないために3部作まとめてパッケージ化も放映もできないようだ。清水宏の未亡人はまだ健在なのだから、関係者各位の努力で3部作をまとめて見られる機会を作ってほしい。世界でも稀なユニークな作品を撮り続けた天才肌の監督として、再評価の著しい監督であれば、なおさらである。

「私が好きな日本映画スペシャル」では、先ごろマキノ雅彦の名義で『寝ずの番』を監督し、監督デビューを果たした津川雅彦が選んだ3作品を放映。作品は当然叔父であるマキノ雅弘の3本。全9作からなる『次郎長三国志』は、第6部『旅がらす次郎長一家』と第8部『海道一の暴れん坊』の2本というラインナップだが、これだけでも必見。マキノ生誕100年を迎える2008年には全作品を放映してくれることを期待して待とう!

続いて、チャンネルNECOからピックアップ。 「アワモリ君」は、秋好馨原作のマンガを古澤憲吾+坂本九コンビが映画化した全3部作のシリーズ。植木等を主人公にした古澤作品の破天荒なエネルギーとはひとあじ違った九ちゃんの明朗ぶりを楽しみたい。

「名画座 the Nippon」には、『あの試走車を追え』(森一生)、『危険な英雄』(鈴木英夫)、『死ぬにはまだ早い』(西村潔)というジャパニーズ・フィルム・ノワールの傑作3本、『霧子の運命』(川頭義郎)、『成吉思汗』(牛原虚彦&松田定次)のレア作品2本が登場。 このところ、BSやWOWOWで代表作が相次いで放映され、サスペンス&スリラーの名手として鈴木英夫の名を知った人も多いと思うが、鈴木については別の機会に貴重なインタビューを含むコラムをアップする。  『成吉思汗』は、太平洋戦争中期に製作されたいわゆる「敵愾心喚起のための宣伝材料を西洋諸国のアジア侵略の歴史に求めた解放映画」(「帝国の銀幕」、ピーター・B・ハーイ著、名古屋大学出版会、1995年)の1本。大映では続いて『マライの虎』(古賀聖人)を製作するが、東宝が製作した同傾向の『阿片戦争』(マキノ正博)や『進め独立旗』(衣笠貞之助)などの作品に比べると、いかにもこの時期の大映らしい泥くささに溢れているところが興味深い。

衛星劇場は、ますます好調のラインナップ。梅若正二・中村玉緒コンビによる『赤胴鈴之助』全9作の放映をはじめ、レア作品が目白押し。  川島雄三初期作品からは『適齢三人娘』、『明日は月給日』が登場。正直なところ、松竹時代の川島雄三は、出来不出来が激しく、見ていて辛い作品もかなりあるのだが、この2本はまずまずの出来。 東京地区では、シネマアートン下北沢で上記2作品を含む松竹時代の川島作品が3月1日~28日に一挙上映されるので、川島ファンは駆けつけたい。

カワシマクラブ

「メモリー・オブ・若尾文子」では、三島由紀夫原作『お嬢さん』(弓削太郎)、『十代の誘惑』(久松静児)、『帯をとく夏子』(田中重雄)の3本。若尾文子といえば、溝口健二、増村保造、川島雄三が監督した作品があまりにも有名だが、田中重雄や島耕二と組んだ作品も多いのだから、そのほとんどの作品が退屈とはいえ、これを見ずして若尾文子論を書くのはあまりにも片手落ちではないか(と、憎まれ口で挑発しておこう)。

「銀幕の美女シリーズ」は岩下志麻特集。『あねといもうと』(川頭義郎)、『わが恋の旅路』(篠田正浩)、『結婚式、結婚式』(中村登)、『素敵な今晩わ』(野村芳太郎)の4本が登場する。衛星劇場のHPでは、『わが恋の旅路』の脚本に篠田正浩だけしかクレジットがないが、これは寺山修司との共作。篠田&寺山作品には珍しく、オーソドックスなメロドラマで、身分違いの恋に切り裂かれ、記憶喪失になる女性の姿を、大胆な回想形式で描いた佳作。逆にいえば、篠田はこういう作品も撮れるんだと妙に感心した記憶がある。『あねといもうと』、『結婚式、結婚式』は、それぞれ川頭、中村の最良の作品ではないが、ホームドラマの牙城である松竹という会社の中で、監督たちがどのように会社の要請と作家性の折り合いをつけて、ゼニを取れる商業作品を作っていったかを見ることができる。

岩下志麻の魅力という点では、「懐かしシネマ・アワー」で放映される『宴』(五所平之助)も要チェック。2・26事件を舞台にした利根川裕の原作の映画化だが、とりわけ青年将校の中山仁と岩下が雪の中を歩き疲れ、凍えた岩下の足を中山仁が口でふくんで暖めてやる場面が必見。恥ずかしさと官能で身悶えする岩下の表情は色っぽいというかエッチというか、ともかく絶品で愚息も昇天。『智恵子抄』(中村登)や『五瓣の椿』(野村芳太郎)のような熱演や近年の極妻よりも、岩下志麻はこういう表情をさせると実にいい。  野村芳太郎は、三百人劇場で4月15日~5月8日まで全30本の特集上映がある。ただし、『素敵な今晩わ』は上映されない。

「リクエスト・アワー」は、ただでさえ充実した4月の衛星劇場の中でも特に充実したラインナップで嬉しい悲鳴。 『チョコレートと兵隊』(佐藤武)は、中国戦線に赴いた父が、チョコレートの包み紙についている懸賞の点数を集めている内地の息子のために、慰問袋のチョコレートの包み紙を送ってやるという、新聞に載った実話をモデルにした映画。日本と戦争中にあったアメリカでは、プロパガンタとしての映画を分析するために、この映画を含む日本映画に関するレポートを作成した際、「芸術的にも技術的にも優れた日本映画は、その劇的なリアリズムゆえに、〈国家に管理されたプロパガンタの道具としての〉効果がひじょうに高い」と結論づけた。中でも『チョコレートと兵隊』を見たフランク・キャプラは、「このような映画にわれわれは勝てない。こんな映画はわが国では十年に一本作られるか作られないかであろう。大体、役者がいない」と、藤原釜足の自然な演技を賞賛したといわれる(「天皇と接吻」、平野共余子著、草思社、1998年)。デコちゃんの可憐さも劣らず素晴らしい。 『自動車泥棒』は、ドリフターズ主演の映画でお馴染みの、和田嘉訓の、おそらく唯一の傑作。安岡力也、ケン・サンダースら、混血俳優たちが孤児院で反乱を起こし、逃避行する様子を、エネルギッシュなダンスとシュールな描写で活写する。音楽を担当した武満徹も気にいっていたといわれる逸品。 『早乙女家の娘たち』(久松静児)も見逃せない。先日、惜しくも閉館した浅草東宝で、田村奈巳が選ぶ自選作品に入っていた坪井栄原作のホームドラマである。これを機会に久松静児もちゃんと見直したい。

今月は日活ロマンポルノの放映枠も充実している。ジェネオン エンタテインメント(株)から日活ロマンポルノのDVDが順次リリースされていることは、別コラムで取り上げたが、今月の衛星劇場で放映される作品はすべてそのラインナップに入っていない作品ばかり。『ロマン子クラブ エッチがいっぱい』(廣木隆一)、『順子わななく』(武田一成)、『見せたがる女』(小沼勝)など、いずれも代表作の1本ともいえる作品なので要チェック。なお、先ごろ渋谷にオープンした名画座のシネマヴェーラ渋谷では、5月13日~6月2日まで、「笑うポルノ・ヌケるコメディ」と銘打った特集で、日活ロマンポルノと東映ピンキー・バイオレンスを17本上映する予定

シネマヴェーラ渋谷

東映チャンネルでは、「飛車角」特集と銘打って、沢島忠の『飛車角』シリーズ3本と内田吐夢『人生劇場 飛車角と吉良常』が一挙放映。予告編集が別枠でまとめて放送されるという配慮も嬉しい。 さらに「さそり」特集では、劇場&OV版『女囚さそり』全7作と、テレビ版1~8話を放映。「さそり」なんか3作まででじゅうぶん、と本音を言いたい気持ちをぐっと押さえて、コンプリートを目指し、この機会に全作を踏破したい。

最後に、時代劇専門チャンネルから1本。岡本喜八が1981年にフジテレビで監督した『着ながし奉行』である。テレビ番組とはいえ、時代劇スペシャル枠で放映された91分の長尺時代劇で、西岡善信率いる映像京都の全面協力した美術が素晴らしく、劇場映画と比べても何の遜色もない傑作。岡本喜八のトレードマークにもなった〈機関銃往復ビンタ〉が見られることも喜八ファンには嬉しい限り。市川崑の『どら平太』に先立つ山本周五郎原作「町奉行日記」を映像化した、めったに見ることのできない貴重な作品である。