レニー・ニーハウス
サントラ『大いなる眠り』
Lennie Niehaus/Vol.1, The Quintets
Lennie Niehaus/Complete Fifties Recordings Vol.1
Lennie Niehaus/Seems Like Old Times
  『ガントレット』のサントラにジェリー・フィールディングがウェストコースト・ジャズを大幅に取り入れて成功したことは前回述べた。彼はもともとジャズバンドのアレンジャー出身だから、イーストウッドの指示、というか好みに則ってジャズをベースにした音源を創作したことは、とりあえず不思議ではない。だが実はフィールディングは、ことオーケストレーションに関する限り優れたジャズの専門家をスタッフに抱えていた、ということが近年明らかになってきた。レニー・ニーハウスがその人である。
 
ニーハウスは『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』“Heartbreak Ridge”(86)以降のイーストウッド映画において音楽担当者として優れた成果を残しているし、そもそもイーストウッドとは五十年代からの知己とされてもいる。だからこれまでイーストウッドとニーハウスの関係は語られる機会もあったが、ジェリー・フィールディングのオーケストレイター(アレンジャー)としてのニーハウスについては知られてこなかった。そこで今回はまず、現在判明している範囲で、ニーハウスがジェリー・フィールディング作品にどの程度参画しているのか述べていこう。情報源はインターネット・ムーヴィー・データベース(IMDb)と各種サントラCDに付されたクレジットによる。
 
ただしIMDbに反映しているパーソネル(人名)クレジットが、今回述べる最新情報に追いついていない部分もかなりある。例えば『ガントレット』のジャズ・アレンジをニーハウスが担当していたことは本家IMDbには記載されていないが、サントラCDにはきちんと記されている。
 
以下、両者の情報を総括して記述する。現時点での最も正しいクレジットとなっているはずだが、今後、さらにフィールディング作品へのニーハウスの関与が明らかになる可能性も残されている。特に注目したいのがマイケル・ウィナー監督作品でのニーハウスの役割だが『妖精たちの森』“The Nigtcomers”(71)、『大いなる眠り』“The Big Sleep”(78)のサントラCDをまだ入手していないので詳細を報告できない。残念。本連載の中で随時紹介していくつもりである。
『わらの犬』“Straw Dogs”(1971)監督サム・ペキンパー(以下SM)。
サントラCDは「イントラーダ」Intrada Special Collectionレーベルから発売。
現在判明している最も古い二人の共同作業作品。
『ゲッタウェイ』“The Getaway”(72)監督SM。
映画に使用されなかったスコア。サントラCD正式タイトルは前回参照。
『ガルシアの首』“Bring Me the Head of Alfredo Garcia”(74)監督SM。
『組織』“The Outfit”(74)監督ジョン・フリン。サントラCDタイトル前回参照。
『キラー・エリート』“The Killer Elite”(75)監督SM。これも「イントラーダ」より。
『がんばれベアーズ!』“The Bad News Bears”(76)監督マイケル・リッチー。
『ガントレット』“The Gauntlet”(77)監督クリント・イーストウッド。
『ポセイドン・アドベンチャー2』“Beyond the Poseidon Adventure”(79)監督アーウィン・アレン。
『アルカトラズからの脱出』“Escape from Alcatraz”(79)監督ドン・シーゲル。
 
上記は、全てジェリー・フィールディング担当作品にニーハウスがオーケストレイターとして参加したことが判明しているもの(年代順)。1980年にフィールディングはカナダで客死してしまうので二人の共同作業は突然終わる。その後はアレックス・ノースが音楽を担当した『火山の下で』“Under the Volcano”(84.ジョン・ヒューストン監督)等でオーケストレーションを担当しながら、やがてイーストウッド組の重要スタッフとなっていく。このフィルモグラフィを読むだけでも、世間的に認識されているほどにはニーハウスとイーストウッドの関係性が強いわけではないのがわかる。何よりフィールディングとのつながりにおいてこそニーハウスのキャリアは顧みられねばならない。
 
ここでレニー・ニーハウスLennie Niehausのプロフィールを紹介しよう。生年月日は1929年6月11日。ミズーリ州セントルイス生まれの白人である。オーケストラ・ヴァイオリニストだった父ペレ・ニーハウスの指導により最初はヴァイオリンを手に取るが興味は間もなく管楽器に移りバスーンへ、そしてアルト・サックス、クラリネットのエキスパートとなる(ちなみに彼の執筆した教則本は現在でも高い評価を受けている)。州立大学に通いながら1946年、ジェリー・ウォルドのバンドでプロに。ハーブ・ゲラー、テディ・エドワーズ等とのコンボを経てスタン・ケントン・オーケストラに参加するも徴兵され、二年間の軍務(ここでイーストウッドと友人になった)の後54年、再びケントン楽団に復帰。59年までアルト・サクソフォニスト兼アレンジャーとして働く。退団するとロサンゼルスへ向かい、メル・トーメ、ディーン・マーチン等のためにスコアを提供し、そして62年からジェリー・フィールディングの助手となっている。
 
ウィキペディアの記述によれば、彼の助手時代には六十本から七十本の映画、テレビにアレンジを提供しているとされる。一読すると、そんなバカなことはない、いくら何でも多すぎると思われるだろうが、これはレギュラー番組のテレビドラマの一エピソードを一本と数えているからで、例えば『宇宙大作戦(『スタートレック』)と書いた方がわかりやすいか』とかもフィールディングが音楽をつけている回が多数ある。フィルモグラフィに正式に、ニーハウスが編曲担当者として現れるのは70年代初頭からだがそれに先立つ十年間にも彼らの関係はあったのだ。彼の名前が画面に挙がっていないのは、この時代には音楽の責任担当者しかクレジットされないのが慣例であったからだろう。サントラCDの充実(初音源や再発売音源)によりこうした方面での映画史的な読み直しが進みつつある今、さかのぼって60年代のフィールディング作品におけるニーハウスの役割にも新たなスポットの当たる日がやがて訪れるかも知れない。
 
ただし、本連載のメインテーマは言うまでもなく映画史的なジャズのスタンスにあるわけで、あくまでもジャズがジャズとして具体的に画面を彩る場合を最優先している。従って、フィールディングやニーハウスが本来ジャズ畑の人材だからといって実際にジャズを使用していない作品にはそれほど紙面を割くことは出来ない。これまで二人が担当した映画音楽の多くは、ジャズの方法からは意図して遠ざかる印象も強い。ジャズがあたかも一種の「禁じ手」というか…。そういう意味では多分、イーストウッドにとって『ガントレット』のジャズ音楽というのはむしろ確信犯的な逸脱行為なのである。フィールディングもニーハウスも、映画にここまで臆面もなく、自身の拠り所とする音楽を使ってしまったことはかつてなかったわけだから。
 
フィールディング亡き後、ニーハウスはソンドラ・ロック唯一の監督作品『ラットボーイ』“Ratboy”(86)で再びイーストウッド人脈に復帰し、『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』からはまさにイーストウッドの右腕とも言うべき存在になる。映画人たるイーストウッドは盟友ニーハウスを再び得て、自身の映画的というより存在そのもののアイデンティティとしてジャズを捉え、以降積極的に発言していく。そこから(多分映画史上、最も予算を費やした)ジャズ映画『バード』“Bird”(88)が生まれるのである。
 
今回の原稿の最後に映画音楽家としてではなく純粋にジャズマンとしてのレニー・ニーハウスの代表作を紹介しておく。
 
まずは若き日の代表作「ザ・クインテッツ レニー・ニーハウス」“Vol.1, The Quintets Lennie Niehaus”(ビクターエンタテインメントより。原盤はコンテンポラリーContemporary)を。録音は54年と56年ですなわちニーハウスのケントン楽団時代だが、久保田高司のライナーノートによると、ショーティー・ロジャース・グループのメンバーとして演奏していたのをシェリー・マンとハワード・ラムゼイが聴き、コンテンポラリーの社長レスター・コーニッグ(ケーニッヒ)に推薦したものらしい。メンバーの異なる二つのクインテット(五重奏団)編成から成るアルバムなのでこういうタイトルになった。編曲家としての業績を既に我々が知っているからということもあるだろうが、片方の編成でピアニストを置かずにアルト、テナー、バリトンの3サックスによる厚いハーモニーを強調するスタイルがいかにもニーハウス的、編曲重視のウェストコースト・ジャズ的と聴こえる。後にアーマッド・ジャマルのピアノ・トリオ演奏でクラブジャズのファンにも人気曲となる「ポインシアナ」“Poinciana”を演奏していることにも注目したい。彼の、五十年代自身をリーダーとした録音は“Complete Fifties Recordings Vol.1~5”(Lonehill Jazz)も近年CDで発売された。一方、ジャズ演奏家としての側面を封印してきたかに見えたニーハウスだが、やはりイーストウッドがらみで知名度が上昇したという外的要因もあり近年、新録音によるジャズ・アルバムも吹き込んだ。97年リリースの“Seems Like Old Times”(Fresh Sound)である。(続く)