第7回 マウリツ・スティルレル、セルマ・ラーゲルレーヴ、グレータ・ガルボ








米キノ・ヴィデオがついにマウリツ・スティルレル(1883−1928)監督作のDVD3タイトルを発売(6月6日)。『エロティコン』(特殊上映題。1920)、『イエスタ・ベルリングの伝説』(ビデオ題。1924)、『吹雪の夜』(原題『アーネ師の宝』。1919)の3作である。

当初ラングは、西部劇『ウィンチェスター'73』の映画化を企画していたのだが、脚本の遅延などの理由でそれが流れ、急遽、『扉の影の秘密』に変更された。結局、ダイアナ・プロはこの2作のみを残し解散。その野心的な試みは忘れ去られてきたが、近年再注目され始めている。ダイアナ・プロの三者については『扉の影の秘密』DVD封入冊子の解説を参照のこと。主な典拠はパトリック・マッギリガンの評伝『Fritz Lang : The Nature of the Beast』(1997)。

キノ・ヴィデオ

スティルレルはフィンランドのヘルシンキ生まれ(ポーランド出身説もある)だが、スウェーデン語映画で活躍した。しかし『ヨーハン』(特殊上映題。1921)と『運命の焔』(1919)は古典小説を原作とし、スティルレル作品の中で最も地方色の強い作品として知られている。フィンランドの国民作家ユハニ・アホの小説『ユハ』(1911)は何度か映画化されているがスティルレルの『ヨーハン』が最初の映画化である。ニルキ・タピオヴァーラの初監督作『ユハ』1937)は2001年日本でも第2回東京フィルメックスで上映されたし、カウリスマキの『白い花びら』(1998)は劇場公開された。1956年にもT・J・ソールッカ監督により映画化されている。『運命の焔』の原作、ヨハンネス・リンナンコスキ(1869−1913)の小説『真紅の花の歌』(1905)も何度か映画化されているがスティルレル作品が初の映画化である。スウェーデンではペア=アクセル・ブランナー監督作(未。1934)、グスターヴ・モランデル監督作(未。1956)がある。

モランデルはスティルレル作品の脚本にも参加。彼はまたスティルレルの『吹雪の夜』(1919)、『吹雪の夜』、『エロティコン』の脚本にも参加している。モランデル監督の再映画版『アーネ師の宝』(未。1954)もある。  モランデルは日本では、1989年に特集上映されたイングリッド・バーグマン(イングリッド・ベリマン)のスウェーデン時代の『スウェーデンイェルム家』(1935)、『間奏曲』(1936)、『女の顔』(1938)、『ドル』(1938)、『一夜かぎり』(1939)の監督として知られている。スティルレルがもっぱらガルボとの関係で語られるのと似ているかもしれない。

『イングリッド・バーグマンinスウェーデン』DVD−BOX

『真紅の花の歌』の再映画化は、フィンランドではテウヴォ・トゥリオ監督作(未。1938)、ミッコ・ニスカネン監督作(未。1971)がある。

『吹雪の夜』の原作『アーネ師の宝』(1904)を書いたのは日本でも人気のあったスウェーデンの女流作家セルマ・ラーゲルレーヴ(1858−1940)。彼女は『ニルスのふしぎな旅』(1906)で国際的に有名だ。1909年には女性として初めてノーベル文学賞受賞。

ラーゲルレーヴに関する日本語記事

幼少期より足が不自由だったラーゲルレーヴはもともと女学校の歴史・地理の教員だったが、32歳の時、雑誌の懸賞小説で『イエスタ・ベルリングの伝説』が1等を獲得し、作家となった。1902年にスウェーデンの国民教育推進団体がラーゲルレーヴに子供向けのスウェーデンの歴史・地理教科書執筆を依頼したことから生まれた『ニルスのふしぎな旅』(原題『ニルス・ホルゲションのふしぎなスウェーデン旅行』)は今年で発刊100年を迎える。ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎も幼少期に同書を愛読していたという。日本では抄訳で読んだ読者が多いと思われるが、偕成社文庫で完訳版が出ている。押井守も演出に参加したNHKの同名アニメの劇場版(ビデオ発売。1982−85)がジェネオン・エンタテインメントでDVD化されている。総監督は鳥海永行。学研の都合でお蔵入りし1985年にビデオで発表されたもの。

ラーゲルレーヴの最高傑作とも言われる『エルサレム』(1901−02。岩波文庫)をデンマーク出身のビレ・アウグスト監督が映画化した186分の大作『エルサレム』(未。1996)は東北新社でDVD化されている。スウェーデン=デンマーク=ノルウェー=アイスランド合作。

ラーゲルレーヴは1917年春、ヴィクトル・シェーストレーム監督を通じてシャール・マグニュッソンのスヴェンスカ・ビオグラーフテアテルン社と自分の文芸作を年に1本製作する契約を交わし、『沼の家の娘』(1908)に基づくシェーストレーム監督の『沼の家の娘』(未。1917)、さらに『エルサレム』に基づく『イングマールの息子』2部作(未、1918)が作られた。1919年にスヴェンスカ社が急遽『アルネ師の宝』を映画化することになった際、シェーストレームは、スティルレルを監督に推薦した。このあとシェーストレームはラーゲルレーヴの『御者』(1912)に基づく『霊魂の不滅』(1920)を監督、主演も兼ねることになる。『吹雪の夜』は初公開時には122分あったが、修復版は107分。『吹雪の夜』にも出ているリシャルド・ルンドがアンチ・ヒーローを演じる。撮影は『波高き日』(1916)、『生恋・死恋』(1917)、『霊魂の不滅』、『イエスタ・ベルリングの伝説』のユリウス・イェンソン(1885−1961)。『運命の焔』、『エロティコン』、『ヨーハン』の撮影を手がけたヘンリク・イェンソン(1886−1954)は彼の実弟。

ここで参考までに、デンマークの映画作家カール・テオドア・ドライヤーが1963年に、自分がそこから何か学んだと考える映画10本に選んだ作品を挙げておこう。

1『吹雪の夜』(1919。マウリツ・スティルレル)
2『イングマールの息子たち』(未。1919。 ヴィクトル・シェーストレーム)
3『イントレランス』(1916。D・W・グリフィス)
4『クランクビーユ』(未。1922。ジャック・フェデール)
5『灼熱の情火』(1923。エルンスト・ルービッチュ)
6『戦艦ポチョムキン』(1925。セルゲイ・エイゼンシュテイン)
7『母』(1926。フセヴォロド・プドフキン)
8『イワン雷帝』(1945。セルゲイ・エイゼンシュテイン)
9『ヘンリー五世』(1944。ローレンス・オリヴィエ。DVD題『ヘンリィ五世』)
10『地獄門』(1953。衣笠貞之介)

このうち『クランクビーユ』は2005年のポルデノーネ無声映画祭オープニング・イヴニングに上映された。『灼熱の情火』はミュンヘン映画博物館のルービッチュ回顧上映で7月2日に上映。

上流階級の男女を扱った喜劇映画『エロティコン』(『恋愛譚』の意)はハンガリーの作家フェレンツ・ヘルチェグ(1863−1954)の戯曲『青狐』(1917)の自由な翻案。『青狐』はヴィクトル・トゥールジャンスキーにより再映画化(未。1938年)されている。

ちなみにトゥールジャンスキーは昨年100回忌を迎えたジュール・ヴェルヌの世界的人気小説『ミハイル・ストロゴフ』(1876)の映画化『大帝の密使』(1926)で知られる。主人公の密使ストロゴフを演じたのは『キイン』(1924)や『生けるパスカル』(1926)の名優イワン・モジューヒン。

『ミハイル・ストロゴフDVD−BOX』(『大帝の密使』+カルミネ・ガッローネ監督、クルト・ユルゲンス主演『反乱』(1956)2枚組)仏ステュディオ・カナル盤

ヴェルヌの『神秘の島』(1874)に基づく知られざる映画に、ルシアン・ハバード監督の『龍宮城』(1929)がある。2ストリップ方式テクニカラー。主演はライオネル・バリモア。   1926年の段階での監督はモリス・トゥルヌールだったが、MGMは予算を抑えるため、ベンヤミン・クリステンセンに交代させた。ところがクリステンセンも同じ理由で脚本家のハバードに交代。当初は無声映画として製作が始められたが製作に3年を費やし、後に台詞の音声が付け加えられた。

  『龍宮城』について

ちなみに『神秘の島』の映画化作には、監督サイ・エンドフィールド、特殊効果レイ・ハリーハウゼンの『巨大生物の島』(1961)、監督フアン・アントニオ・バルデムとアンリ・コルピの『ミステリー島探検/地底人間の謎』(1973)などがある。

スティルレルの『エロティコン』ではスウェーデンの有名なプリマ・バレリーナ、カリーナ・アリの踊る場面を見ることができる。

『エロティコン』の主人公の彫刻家プレーベンに扮するのは後にハリウッドでも活躍するラーシュ・ハンソン。DVDマスターは修復版(97分)に基づく。『エロティコン』はセシル・B・デミルの影響下にあるとも言われるが、 エルンスト・ルービッチュは自らの都会艶笑劇の「ルービッチュ・タッチ」のルーツに、スティルレルの最高傑作とも言われる同作を挙げている。またチャップリンの『巴里の女性』(1923)、ルノワールの『ゲームの規則』(1939)、ベリマン(ベルイマン)の『夏の夜は三たび微笑む』(1955)にも影響を与えていると言われる。

『イエスタ・ベルリングの伝説』2部作のキノ盤DVDはスウェーデン映画協会による修復版マスターを使用(184分)。ガルボ生誕100年にあたる昨年に発売が予告されていたが延期になっていたもの。日本では東映ビデオからビデオが出ているが、これは90分の短縮版。DVD特典にはグレータ・ガルボの本名グレータ・グスタフソン名義での本格映画初出演作の『放浪者ペッテル』(特殊上映題。1922)の抜粋、残存するスウェーデンから渡米するガルボのニュース映像、ガルボ出演の宣伝映画を収録。原作(1891)はラーゲルレーヴの長編デビュー作。スティルレルは、ラーゲルレーヴの『地主の家の物語』(1899)に基づく『グンナール・ヘデ物語』(特殊上映題。1922)を映画化していたが、原作を大きく改変したためラーゲルレーヴにとっては不本意な出来だったらしい。ラーゲルレーヴは以後、自作の映画化を認めないことにしたが、スヴェンスク社は既に『イエスタ・ベルリングの伝説』の映画化権を得ていたため、スティルレルとラーゲルレーヴは電話で話し合い、スティルレルは原作の精神を尊重するよう約束した。主人公イェスタ・ベルリングに扮するのは『エロティコン』のラーシュ・ハンソン。本作はグレータ・ガルボ出演作ということで日本でも比較的よく知られている。

スティルレル、シェーストレームに関する日本語記事

アントーニ・グロノヴィッツ著、永井淳訳『グレタ・ガルボ その愛と孤独』(上巻)(草思社)も参照

ガルボとハンソンはヘアマン・ズーダーマン原作、クラレンス・ブラウン監督のハリウッド映画『肉体と悪魔』(1926)でも共演。米ワーナー盤の『TCMアーカイヴス:ガルボ・サイレント集』には『肉体と悪魔』のほか、フレッド・ニブロ監督の2作『明眸罪あり』(1926。当初の監督はスティルレルだったが交代させられ、クレジットはない)、『女の秘密』(1928)に加え、シェーストレーム監督、ラーシュ・ハンソン共演の失われた映画『すてきな女性』(未。1928)の現存する9分の抜粋(ロシア語中間字幕版)を収録。同盤は米ワーナー盤『ガルボ シグネチャー・コレクション』(10枚組)にも収録。ちなみに日本盤(初回限定版)は6枚組。

『ガルボ・サイレント集』レヴュー

『すてきな女性』について

ボーナス・ディスクは映画史家ケヴィン・ブラウンロウ、映画・TV脚本家クリストファー・バードによるガルボの記録映画『ガルボ』(未。2005。85分)。スティルレルやシェーストレーム、ラーシュ・ハンソンらの映像も含まれる。ナレーターは『ネバーランド』(2004)のジュリー・クリスティ。

『ガルボ』(未。2005)などの紹介

ブラウンロウとバードは『キング・コング』(1933)の監督メリアン・C・クーパーに関する記録映画『私がキング・コングだ:メリアン・C・クーパーの偉業』(未。2005。57分)も監督。同作は米ワーナー盤『キング・コング特別版』DVDに収録。

『キング・コング特別版』DVD
クーパーについては柳下毅一郎『興行師たちの映画史』(青土社)も参照

ブラウンロウとデイヴィッド・ギル制作、マイケル・ウィンターボトム、ダン・カーター演出『映画の宝物〜シネマ・ヨーロッパ〜』(1995。348分)もIVCでDVD化されている。初回盤はジュエリーケース仕様6枚組。2004年に出たトールケース仕様の再発版は『シネマ・ヨーロッパ:欧州映画史』(2枚組)。同作「第ニ集 アートシネマの開花 Art's Promised Land」と題された、スウェーデン映画編では、以下の、当時の最前衛とでも言うべき貴重な映画の今なお鮮烈な抜粋が観られる。

シェーストレームの監督デビュー作『庭師』(未。1912)、『インゲボールィ・ホルム』(特殊上映題。1913)、キャメラを大自然の中に持ち込み、その迫力が国際的に衝撃を与えた、今年の5月23日に100回忌を迎えたイプセン原作の『波高き日』、シェーストレーム主演、スティルレル監督の喜劇映画『トーマス・グロールの最良の映画』(特殊上映題。1917)、『運命の焔』、『生恋・死恋』、『ヨーハン』、『グンナール・ヘデ物語』、『吹雪の夜』、『霊魂の不滅』、フィレンツ・ヘルチェグ原作、ヨーン・W・ブリュニウス監督の『ジュルコヴィチ一家』(未。1920)、ノルウェーのノーベル賞作家ビョルスティェルネ・ビョルンソン(1832−1910)の戯曲に基づくブリュニウス監督の『ソールバッケンのシュネーヴィ』(未。1919)、『エロティコン』、シェーストレームの『愛の坩堝』(1921)、ドライヤー監督の『牧師の未亡人』(1920)、ベンヤミン・クリステンセン監督の『魔女』(1919−21)、『イエスタ・ベルリングの伝説』(1924)。

ドライヤー、イングマール・ベリマンのインタヴュー映像、ユリウス・イェンソンの撮影助手でベリマン監督作で有名な撮影監督グンナール・フィシャーらのインタヴュー映像を含む。シャール・マグニュッソンやシェーストレームの談話音声も聞ける。オリジナルのナレーターはケヴィン・ブラナー。IVCから出ている国内盤DVDでは、日本語音声解説(原語のヴォリュームを下げて、その上にかぶせている)と原語解説が選択可能だが、英語音声を選択すると日本語字幕は付かない。パッケージ等の日本語字幕という表記はあくまでもオリジナルの画面上の英語字幕に日本語を重ねたという意味。ただし、一部に日本語字幕の抜け落ちもある。またオリジナルの画面上に焼き込まれた固有名詞の英語字幕の上にさらに日本語訳を焼き込み、日本語字幕のみをOffにできないため、原語のスペルが読めない箇所がある上、誤った日本語表記も散見され、資料価値を損なっている。日野康一執筆の解説冊子もほとんど無内容。オリジナル番組の志の高さに比べ、この日本語版DVDは有意義な商品ながら、安直で無神経な仕様ではある。とはいえ、欧州古典映画に興味のある向きは必見。ちなみに紀伊國屋書店のクリティカル・エディション・シリーズでDVD化されている『パンドラの箱』(1929)は「第三集 躍動し創造するカメラ」に、『裁かるるジャンヌ』(1927)は「第四集 光のシンフォニー」編で紹介される。米イメージ・エンターテインメントからもDVD(1枚)が出ていたが廃盤。

『シネマ・ヨーロッパ』米Image Entertainment盤DVDレヴュー

ブラウンロウとギルの監督作『知られざるチャップリン』(未。1986)も昨年、米A&Eホーム・ヴィデオでDVD化された。

『知られざるチャップリン』米盤DVD/レヴュー

ブラウンロウとギルの『バスター・キートン:ハード・アクトに賭けた生涯』全3話(ビデオおよび放映題。1987。約150分)はバップからVHSが出て、LDも出ていたが、英ネットワークからDVDが出ている。ナレーターはリンゼイ・アンダーソン。

ブラウンロウとギルの米国無声映画に関する名高い記録映画シリーズ『ハリウッド』(未。1980。1時間番組13話)のDVD(4枚組)は英ネットワークから8月7日に発売される。同シリーズのナレーターはジェイムズ・メイソン。リリアン・ギッシュ、キング・ヴィドア、アラン・ドワン、コリーン・ムア、グロリア・スワンソン、ハロルド・ロイド、ジャッキー・クーパー、ジョン・ウェイン、ジャネット・ゲイナー、ルイーズ・ブルックス、フランク・キャプラらのインタヴューを含む。

『ハリウッド』について

キノのリリースに合わせるかのように、米グレイプヴァインからスティルレル監督、ハンガリーの作家ラヨシュ・ビーロー原作、ポーラ・ネグリ主演のパラマウント映画『帝国ホテル』(1927)のDVDが出た。DVD−Rによる私家版ながら見逃せない。『帝国ホテル』はのちにロバート・フローリーが再映画化(未。1939)、さらにビリー・ワイルダー監督が『熱砂の秘密』(1943)として再映画化した。

『灼熱の情火』にも主演しているネグリは1978年のインタヴューで自分の出た無声映画で最も優れた3本に、『帝国ホテル』と、ローランド・V・リー監督の『鉄条網』(1927)と、ラヨシュ・ビーロー原作、ルービッチュ監督の『禁断の楽園』(1924)を挙げている。『鉄条網』の監督は当初スティルレルだったが、リーに代えられた。

ポーラ・ネグリ・インタヴュー(英語)

スティルレルは『帝国ホテル』のあと、ネグリ主演の『罪に立つ女』(1927)を監督、エミール・ヤニングス、フェイ・レイ主演の『罪の街』(1928)の監督中、1927年11月にストックホルムに戻り、シェーストレームに看とられながら1928年11月8日に亡くなった。

『罪の街』はルートヴィヒ・ベルガーが完成させたが、同作は失われたとみなされている。また『罪に立つ女』は未使用テイク1巻が残るのみである。